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東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)10号 判決 1989年4月28日

原告

チオエ・チヤンホア

右訴訟代理人弁護士

今村嗣夫

小池健治

被告

法務大臣

髙辻正己

右代表者法務大臣

髙辻正己

被告ら指定代理人

金子泰輔

小鹿愼

堀内明

中島和美

田中勝治

被告法務大臣指定代理人

松平勝彦

三好武文

利岡寿

主文

一  被告法務大臣に対する訴えを却下する。

二  被告国に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告法務大臣が、原告の昭和五七年一〇月二八日付け再入国許可申請に対し、同月二九日付けでした不許可処分を取り消す。

2  被告国は、原告に対して金一〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一〇月二九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  2項につき仮執行宣言

二  被告法務大臣

(本案前の答弁)

1 原告の被告法務大臣に対する訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告国

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の身上経歴等及び本件処分に至る経緯

原告は、昭和五年九月二四日、当時日本国の植民地であった朝鮮で出生した「日本国籍」を有する朝鮮人であるが、平和条約の発効に伴う国籍及び戸籍事務の取扱いに関する昭和二七年四月一九日付け民事甲第四三八号民事局長通達により一方的に日本国籍を喪失したものして取り扱われている者である。原告は、昭和二九年済州道において中学校、高校の教員をしていたが、日本に勉学のため入国し、神戸改革派神学校、八幡大学、福岡大学大学院をそれぞれ卒業した。

原告は、北九州市小倉北区に協定永住者である妻キム・チヨンヨ、長女チオエ・ソンエ(以下「長女」という。)、次女チオエ・ソンヘ(以下「次女」という。)と現に居住し、在日大韓基督教会小倉教会牧師として信徒の牧会にあたり、法務省福岡矯正管区長委嘱篤志面接委員として小倉刑務所、城野医療刑務所等において一般受刑者の良き相談相手となり、また長女らが通学した公立学校のPTA活動や公害問題等の住民運動にも参加し、今日まで長年にわたり同地域の一住民として生活し、所得税、住民税などの公租公課も納付してきた者である。また、原告は、八幡大学講師(韓国語)を勤め、在日大韓基督教会総会の社会局長及び日本キリスト教協議会(以下「日本NCC」という。)の宣教奉仕部「在日外国人の人権委員会」の委員として在日韓国人、朝鮮人の人権獲得の運動に参加し、昭和五四年には、国連人権委員会への在日韓国人、朝鮮人の差別の実態の提起にも関与した。なお、原告には、著書「名前と人権」「国籍と人権」などがある。

ところで、昭和五五年次女が外国人登録法(昭和五七年八月一〇日法律第七五号による改正前のもの。以下これを単に「外登法」という。)一四条に規定する指紋押なつ義務者年齢である満一四歳に達し、小学校時代から朝鮮人としての誇りを持ち育ってきた次女が人権意識に少しずつ目覚めていたこの時期にいよいよ自分の問題となってきた指紋押なつ問題を真剣に考えるようになり、原告の家庭では、二、三年前より時に話題となっていた指紋押なつ問題が、とりわけ真剣に話されるようになった。外登法一一条による次女の登録証明書の切替時期が同年一一月一二日に到来したが、同女はなお時間をかけて検討することにし、同日を経過した。原告は、同年一一月一八日が自己の登録証明書の切替申請日に当たるので、同日小倉北区役所登録係に出頭した。原告は、十指指紋を採取していた時代から何回となく指紋を採取されてきた者であり、指紋資料がすでに保管されているので、押なつ拒否は無意味のように思えたが、新たに指紋押なつを強要されている次女が拒否を真剣に考えていたことから、父として、また、在日韓国人、朝鮮人の人権問題に取り組んできた者として、良心的にこれ以上の指紋押なつを重ねるべきではないと考え、指紋押なつを留保した。長女(当時二二歳)は、翌昭和五六年一月九日小倉北区役所市民課登録係に出頭し登録切替申請を行ったが、登録係に対して指紋押なつは拒否する旨を告げた。次女(当時中学三年生)は、前記申請期限から二か月余を経過したので巳むなく同年一月一二日同登録係に出頭し切替申請をしたが、初めて課された指紋押なつ義務の履行は拒否した。原告の妻も、昭和五六年四月九日指紋押なつ義務の履行を拒否した。原告は、以上の経緯から指紋押なつを留保したまま今日に至っている。

2  行政処分の存在

原告は、その所属している在日大韓基督教会が加盟している日本NCCの宣教奉仕部「在日外国人の人権委員会」の委員であるが、同委員会と韓国基督教教会協議会(以下「韓国NCC」という。)の特別委員会である「在日韓国人問題委員会」との合同会議(開催場所:ソウル特別市、当初予定開催日:昭和五七年一一月二日及び三日、以下「本件会議」という。)に出席するために同年一〇月二八日被告法務大臣に対し再入国許可申請書(以下「本件再入国許可申請書」といい、右申請書の提出による申請を「本件再入国許可申請」という。)を提出したが、被告法務大臣は、原告が二年前の昭和五五年一一月一八日外登法一一条による登録証明書の切替交付時に外登法一四条所定の指紋押なつを拒否したまま今日に至っていることを理由にして、翌二九日右再入国許可申請を不許可とする処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  違憲、違法な指紋押なつ義務の拒否を理由とする本件処分の違法性

(一) 指紋採取と憲法一三条、国際人権規約B規約七条

外登法は、外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、在留外国人を管理することを目的とするものであり、同法一四条は、日本に一年以上在留する外国人は新規登録申請をする場合(登録義務者は、九〇日を越えて長期に在留する一四歳以上の外国人、昭和五七年八月一〇日法律第七五号による改正(以下「昭和五七年外登法改正」といい、右改正法を「昭和五七年改正法」といい、他の年度に行われた外登法改正についても、同様に記載する。)後は一六歳以上の外国人)及びその後における登録証明書の切替交付申請をする場合(切替期間・三年毎、同改正後は五年毎)、あるいは、この間において著しく毀損、汚損した登録証明書の引替交付、紛失盗難、滅失による登録証明書の再交付の各申請をする場合には、登録原票、登録証明書及び指紋原紙二葉(同改正後は一葉)に指紋を押なつしなければならないと定めている。ここにいう指紋とは、手指(原則としては、左手人指し指=一指指紋。昭和四六年に改正する前は一〇指指紋であった。)の第一関節を含む指頭掌側面における表皮の隆起した線で構成される紋様をいう(外登法の指紋に関する政令二条)。指紋押なつの方法については、市区町村の事務所に備えつける用具(指紋用インキ及び指紋押捺器―外国人指紋押捺規則一条)を用いて手指の第一関節を含む指頭掌側面で、指頭を回転しながら押さなければならないと定められている(回転指紋―同政令同条)。同法一四条の規定に違反して指紋の押なつをせず、又はこれを妨げた者は一年以下の懲役若しくは禁錮又は二〇万円以下の罰金に処する旨の厳しい罰則を定め(同法一八条一項八号)、懲役又は禁錮及び罰金を併科できる旨も規定している(同条二項)。

指紋より個人を識別する技術は古くから各国において犯罪捜査に利用され、指紋の採取は刑事訴訟法上個人の身体の自由に関する利益の制約である。また、人々の意識において指紋を採取されるということは、犯罪とかかわりがない場合であっても犯罪人扱いされるという屈辱的取扱いを受けたこととなるのであって、個人の尊厳を傷つけ、個人の私生活の自由を制約することにほかならない。

憲法一三条は、個人の尊厳の尊重及び幸福追求権を定め、民主主義の基礎をなす個人の尊厳を憲法の理念とすることを明文化しているのであって、これは、個人の私生活上の自由が、国家権力の行使に対しても保護されるべきであることを規定しているものと解されているが、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その意に反してみだりに指紋を採取されない自由を有するものというべきであり、国家権力が正当な理由もないのに個人の指紋を採取することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。

のみならず、個人を識別する身体的特徴として有効な手段である指紋を国家が一旦採取すると、本来の採取以外の目的に使用することが充分予想されるところであり、個人情報としての指紋を国家からみだりに採取され、明らかにすることを求められない自由は、国家からの私生活の自由という消極的、受動的な自由を越えて、「自己に関する情報を自らコントロールする権利」「国家が自己に関する情報を利用できる程度を決定する権限を自己が有している」という積極的、能動的なプライバシー権の一つと解される。

ここで看過されてはならないのは、国家による指紋及び登録事項がコンピューター化により法務省、市区町村に集中管理されている状況のもとで、本来違法ではないが人目を憚るような場所への出入りや政治集会への参加あるいは政治活動としての文書配付などをする場合、その場所や物件、文書などに付着した遺留指紋が採取され、すでに集中管理されている指紋及び登録されている個人情報が公安上の調査として使用され、その個人の住所、氏名や職業が特定され、あるいはその可能性があるとすると、そのような政治集会への参加や政治活動を躊躇することになる(萎縮効果・chilling・effect)のであるから、指紋に関するコントロール権の制約は、その個人の政治的活動の自由の制約を伴うことになる。

以上のとおり、憲法一三条の保障する国家からみだりに指紋を採取され、明らかにすることを求められない自由は、国家権力の行使からの個人の私生活の自由の保障を越えて、民主主義の基礎をなしこれを成立させている表現の自由、政治活動の自由にかかわるコントロール権としてのプライバシー権の保障を求めるものであり、それは、今日のコンピューター化時代において重要な意味を持つ精神的自由に属する権利と解される。

また、市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第七号、以下「国際人権規約B規約」という。)七条は「何人も・・品位を傷つける取扱い・・を受けない」と規定しているが、これは、世界人権宣言五条の「何人も・・屈辱的な取扱・・を受けることはない」との規定に対応するものであり、日本国憲法一三条と同様に、人間の尊厳を保全し防衛するたの規定と解されるが、日本国の外登法上の指紋採取は、右の「品位を傷つける取扱い」あるいは「屈辱的な取扱」に該当する。なお、国際人権規約への日本の加盟は確定し、昭和五七年九月二一日同規約は発効しており、個人は何人でも右B規約自体を根拠として直接当該国内裁判所に同規約に定められた人権侵害についての救済を求めることができると解される。

外登法による指紋押なつ制度が、在留外国人の公正な管理を実施する上で必要不可欠な手段として、指紋をみだりに採取されない自由ないし権利の制約であるとするならば、右法律が憲法に違反していないかどうかが問題となるが、右法律の合憲性審査については、当該法律が前提としている事実すなわち立法事実の存在が認定され、その立法事実が当該制約立法の必要性を明らかにしているかどうか、当該制約立法の採る手段がその立法事実に照して必要にしてやむをえない最小限度のものたるかどうか、より制限的でない他の手段を利用できないかどうか、といったきめ細かい法令審査がなされるべきであるところ、以下の事実に照らすと、指紋押なつ制度は指紋をみだりに採取されない自由ないし権利に対する制約として必要性、合理性を欠くことは明らかであるから、右制度は憲法一三条、国際人権規約B規約七条に違反する。

(1) 外国人登録制度、指紋採取制度の沿革と目的

外登法の前身である昭和二二年勅令第二〇七号外国人登録令(以下「外登令」という。)は昭和二二年五月二日ポツダム勅令として公布、施行されたものであるが、右制定が検討され始めたのは、朝鮮人の活動と大衆運動全般に対する政府の強硬姿勢が明らかな形をとり始めた時期においてである。外登令は、「台湾人のうち内務大臣の定めるもの及び朝鮮人は、この勅令の適用については、当分の間、これを外国人とみなす」(一一条)と規定したが、これは、当時政府は、正式な講話条約の発効までは国籍の変更なしとの伝統的国際法理論に依拠して旧植民地出身者である在日朝鮮人、台湾人は対日平和条約の発効(昭和二七年四月)までは原則として日本国籍を保持するとの立場をとっていたので、本来であれば、外登令の対象とはならなかったはずであるが、朝鮮人を可及的に朝鮮に帰還させること、及び、法秩序維持のため朝鮮人を一定の管理下に置くことは政府の一貫した方針であり、「日本国民」たる朝鮮人を外国人管理の下に置くための法技術形式として、右の「みなす」規定が設けられたのである。このように、外登令は占領下における朝鮮人及び台湾人管理のための基本法令であり、治安立法の一環として制定されたものであることは明白である。

昭和二七年四月二八日対日平和条約の発効により、ポツダム勅令制定の根拠法である「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件」(昭和二〇年勅令第五四二号)は当然廃止され、これに伴って外登法も廃止され、昭和二七年四月二八日新たに外登法が制定施行されたが、朝鮮戦争のさなかに公布施行された同法も、治安的観点から朝鮮人及び台湾人を管理の対象とするものであることは当時の社会事情から明白であり、外登法によって新設された指紋規定もGHQあるいは日本政府の政策とこれに抵抗する朝鮮人活動との先鋭化した緊張関係の下で韓国人、朝鮮人の取締りに資するため、治安的観点から立法されたものであることは明らかである。

しかしながら、今日においては、指紋規定立法当時における右の社会的緊張関係は存しない。

また、出入国の管理と外国人の在留管理は、その性質、目的を異にする法領域であり、外登法の目的である在留管理の業務によって出入国の管理の目的を達成しようとすることは両者を混同するものであって、法的には認め難い論である。

(2) 外登法の目的に反する警察の指紋利用の実態

今日において、法務省当局は、採取した指紋は在留外国人の公正な管理という外登法の目的にのみ使用し、右目的外の犯罪捜査を目的として利用に供することはない旨を明らかにしている。しかしながら、多くの市区町村で採取した指紋を登録原票ごとコピーして警察に渡したり、すべての登録原票の閲覧や対象者を特定しない閲覧も行われていることが明らかにされている。しかも、市区町村における外国人登録事務の取扱いに関する基本通達である「外国人登録事務取扱要領」では、指紋を含む登録原票の閲覧、写し交付要求について犯罪捜査目的であるかどうかを問わず応ずるべきものとしており、指紋は、各市区町村において警察によって広く犯罪捜査に用いられているのが実態である。

(3) 指紋押なつ制度の必要性の消滅

外登法は登録証明書への写真貼付について規定していたものの、指紋採取制度は定めていなかったが、外登法は新たに同制度を採用した(同法一四条)。その立法理由は、外登法の下で登録証明書を他人が譲り受けて、それに貼付されている正当所持人の写真を貼り替えて他人が不正に行使する事案が多発した(立法事実)のでこれを防止するのが重要なねらいである旨説明されている。しかしながら、外登令の下で右のような事案が多発したとすれば、それは、外登令による登録証明書は四頁の簡単なものであり、用紙も全国統一のものではなく都道府県単位で印刷されており、当時は登録証明書により米等の主要食糧、タバコ、衣類、日用品等の配給がなされていたため、当時の食糧、日用品不足の社会状況のもとでは二重登録や不正登録が容易になされたという事情が存したからであって、今日そのような社会的事情、不正登録を誘発する要因は存しない。

また、旅券を所持しない外国人のほとんどは定住外国人である韓国人、朝鮮人であり、在留資格を有する者である。法務省の統計によれば、不法入国検挙、引渡し件数は、昭和二七年には二九七五件にも上ったものが、年々著しく減少し、昭和四一年には一〇〇〇件を割り、昭和五七年では五六二件にすぎないものとなっており、偽造、変造旅券所持者も右不法入国者数の減少に応じて激減しているものと推定される。

現在、在留外国人の大多数を占める在日韓国人、朝鮮人は、その約八〇パーセント余が日本で生まれた二世、三世、四世である(法務省の統計によれば、日本生まれは昭和三九年68.4パーセント、昭和四四年72.4パーセント、昭和四九年75.6パーセントであり、その後の数は公表されていないが、右の増加傾向からみて、現在は優に八〇パーセントを越えているものと推定される。)が、日本国内で生まれたこれら多くの在留外国人は、出生の際の新規登録を始めとして原始的身分関係を直接我が国の市区町村の長に対して登録しているのである(外登法三条)。したがって、指紋押なつ制度制定の昭和二七年当時のように、日本生まれの在留外国人の割合が少なかったころとは異なり、今日においては原始的身分関係事項に関する記録が、我が国行政機関による直接の追跡が不可能な外国にあるということはない。

さらに、外国人登録上の氏名、生年月日等の訂正申立てのうち、同一性識別に重要な氏名の訂正は、年間僅か約二五〇〇件であり、その数は、在留外国人数八〇万二四七七人の0.3パーセント(昭和五七年)にすぎない。しかも、登録事項の訂正は、「訂正することに疑義がない場合」と「訂正することに疑義がある場合」とに分れ、前者は、市区町村限りで登録の訂正を行えばよいことになっているが、後者は訂正認定伺として法務省当局の指示を求めることとされている(外国人登録事務取扱要領第一一)。そして「氏名、生年月日のいずれもが原票の記載と著しく相異し、これを訂正することによって表面上全く別人のようになってしまう場合」などがこれに当たるとされている。即ち、登録の訂正といっても同一人性等に疑義がないものが多数存在するのであり、これは、氏名の訂正も同様であるから、市区町村限りで訂正しうる軽易な事例が少なくないのであり、年間二万件の訂正申立てがあるからといって、それが直ちに押なつ制度の必要性とは結びつかない。

(4) 指紋押なつ制度の実効性について

外国人登録者の数は、外登令実施後、外登令の一部を改正する政令(昭和二四年政令第三八一号)により、それまで発行されていた登録証明書を新登録証明書に切り替える措置(同政令附則二項、以下「一斉切替」という。)が行われた昭和二五年二月には約五万人、昭和二七年一〇月には約三万人とそれぞれ激減したが、昭和二九年一〇月には、ほとんど減少しておらず、外国人の不正登録を意味する登録者数の異常変動は、指紋押なつ制度が実施された昭和三〇年にはすでに終焉していることが明らかである。このことからも、いわゆる幽霊登録の防止に多大な効果があったのは、それ以前の在留外国人団体の一括申請に代って本人申請と写真提出による本人確認を徹底させ、登録証明書、登録原簿の整備等を導入した一斉切替(第一回切替は昭和二五年、第二回切替は昭和二七年)であって、指紋押なつ制度の導入ではないことは明らかであり、指紋押なつ制度の実効性は少ない。

(5) 指紋押なつ制度の運用の実情

市区町村における外国人登録の担当職員は、申請の受理又は登録証明書の交付等に際して、出頭者が本人であるかどうかを登録証明書の記載事項及び登録原票記載の登録事項並びに写真及び指紋により確認する建前になっている。ところで、指紋の鑑識は専門的知識とある程度の経験とを必要とするが、市区町村における外国人登録の担当職員に対して指紋鑑識技術を修得させる指導研修は全く行われていないのであって、右職員には指紋の科学的な鑑識能力はないのが実態であり、法務省入国管理局(以下「入管局」という。)長は、外国人登録実務における本人確認の手段として専ら写真を挙示する通達(昭和五七年三月八日付け入管局長通達「外国人登録事務取扱要領の改正について」)を出しており、市区町村の窓口で、同一人性の確認は登録事項によるほか専ら写真によってなされ、指紋の照合は行われていないのが実態である。

また、外登法一四条は、外国人は、登録原票、登録証明書及び指紋原紙に指紋を押なつしなければならないと定め、市区町村長は右登録原票を市区町村事務所に備え置き、その写真二葉を作成しその一葉と指紋原紙一葉を都道府県知事に、他の各一葉を都道府県知事を経由して被告法務大臣に送付しなければならないとされていた。ところで、昭和四九年四月二三日付け法務省管登第三三六一号「指紋原紙に押なつする指紋の省略について」と題する通達は、新規登録の際に押なつした者についてはその後の登録証明書切替時には外登法の定める右指紋原紙への押なつを省略する扱いを指示し、その結果、昭和四九年八月の一斉切替以降被告法務大臣は指紋原紙の送付を受けることがなく、したがって、本来実施されるべき採取された指紋と三年前の切替時に採取した指紋の同一人性確認を実施していないし、入管局登録課指紋係の人員は、昭和五六年当時係長一人であり、昭和五九年三月当時でも係長以外に職員一名合計二名にすぎず、右二名はいずれも指紋鑑識能力をもつ技官ではない。

さらに、入管局登録課指紋係は、二重登録、不正登録をチェックするため、従来指紋原紙を指紋分類規定によって五段階に分類し、五桁の数字で表し、順次指紋番号順にカードボックスに分類して格納する指紋原紙の換値分類(以下「換値分類」という。)を行っていたが、昭和四五年を限りにこれを全く実施していない。

(6) 各国における指紋押なつ制度について

各国の外国人登録上の指紋採取制度採否の状況をみると、中国、フランス、東西ドイツ、オーストラリア、スイス、ソ連等多数の国は指紋押なつ制度を採用していない。

同制度採用国においても、イギリスのように、登録カードに英語で記入ないし署名することができない外国人に対してのみ署名代りに指紋を採取するものとしていたり、ブラジルなどのように、自国民にも外国人に対するのと同様指紋押なつを義務づけている立法例も存する。

アメリカ合衆国は、先進国に例をみない同制度採用国であるが、一年未満の在留外国人については、自国民に指紋押なつを要求する外国の国民に対してのみ義務づけている。なお、同国の国籍法は出生主義を採用しているので、血統主義を採る日本におけるように法律的には自国内で生まれ育った外国人は存在しない。したがって、外国人登録上の指紋採取制度の適用範囲は狭く、日本とは事情が異なる。

外国人登録上同制度を採用している国は、フィリピン、インドネシア、メキシコ、ブラジル、アルゼンチンにとどまり、採用国は国際社会において数少ない。

(7) より制限的でない同一人性確認方法の存在

同一人性の確認方法としては、同一人性の識別が容易であり、何人でも利用できる顔写真が有効である。すなわち、顔写真は、運転免許証やパスポート、受験票などに貼付され同一人性の確認に広く一般的に利用されており、現行の外国人登録における同一人性の確認も現実には顔写真のみで行われ、一般に支障を来していない。また、一定年限の経過に伴って本人自身の容姿が変化することによる不都合は、登録証明書の切替時毎に新しい写真の提出を義務づけて防止できる(外登法一一条)し、さらに、今日に至る科学技術の進歩に伴い登録証明書を写真ごとビニールコーティングするなどの方法により写真の貼り替えによる他人の登録証明書の悪用は防止できるのである。したがって、顔写真による識別は、指紋による識別に比べて、より人権を制限しないで目的を達成する方法である。

(二) 指紋採取と国際人権規約B規約二六条、憲法一四条

国際人権規約B規約二六条の法の前の平等の規定は、世界人権宣言七条の法の下の平等の規定を受けたものであるが、法の前の平等ないし法の下の平等とは、実定法規の適用の平等を意味するにとどまらず、法の内容についての制約として、行政と裁判を指導する原理であり、右B規約は国民のみならず「すべての者」すなわち人間であるすべての者に対する平等の保護を規定しており、「外国人」を差別する法律の制定や法の執行は本条に違反して許されない。

日本国憲法一四条一項は「すべて国民」は法の下に平等である旨を規定し、「外国人」は直接には含まれていないが、立法その他国政において人を平等に取り扱うべきことは、近代憲法の原理としてもちろん本項に包含されていることであるから、本項の趣旨は、当然に外国人にも類推されるべきものと解されている。

日本における定住外国人の大部分を構成する在日韓国人、朝鮮人は、昭和一四年から昭和二〇年にわたり、戦時体制すなわち国家総動員法の下で、当時植民地であった朝鮮から七〇数万人とも百数十万ともいわれる朝鮮人を日本に強制連行し強制労働をさせるという日本帝国主義の政策の実施により、日本の植民地支配の結果として定住するに至ったものである。これらの人々は、対日平和条約のおりに国籍選択権を認められず、一律に日本国籍を失ったとされて「外国人」としての取扱いを受けるようになったのであるが、内国人と何ら変りなく日本国の社会共同体の構成員となっているという生活実態を有する。ところで、内国人たる日本人については、外登法と趣旨を同じくする住民基本台帳法において、市区町村において日本人である住民に関する記録を正確かつ統一的に行う世帯別住民基本台帳の制度を定め、もって住民の利便を増進し、併せて国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的としているが、住民各自に対し指紋押なつ制度は設けていない。これに対し、外国人は住民登録ができず、指紋押なつ義務を伴う個人別の外国人登録があるのみである。外国人登録における外国人の特定は、今日一般には、旅券の記載事項と顔写真によってなされ、同一人性の確認は、前記のとおり、市区町村の窓口に新たに提出される「登録事項確認書」に記載された諸事項と市区町村側に保管されている「登録原票」に記載済みの前回申請の諸事項とを照合することによって、また、申請人の顔写真と過去に提出され保管されている顔写真とを照合することによってなされている。このような方法で同一人性を確認された登録外国人について、出入国の管理に資する現住所、職業などの資料提供がなされ、とりわけ定住外国人を対象に、日本国民に対すると同様の国及び地方公共団体の住民福祉行政、税務行政、労働行政、教育行政など多岐にわたる行政が行われているのであるが、右の程度の同一人性確認で全体として外国人行政に何の支障も生じていないのが実態である。この点は、特定及び同一人性確認の方策としての住民登録に指紋押なつを必要としていない国民に対する行政の運用の実態と変るところはない。

法の前の平等は、人間性を尊重するという個の尊厳の理念に照し、不合理な理由による差別を禁止しており、それは、あらゆる場合にあらゆる点で絶対的に平等であることを要求するものではないが、合理的差別か否かの判断は個々の制度ないし法律の目的に鑑み、その時代の社会通念に照してなされるべきで、その合理性の論証は充分に詳細かつ具体的になされるべきであり、差別の理由は必要最小限度にとどめなければならないが、以上のように、外登法上の指紋押なつ制度は、明らかに外国国籍を有するというだけで他の住民から在日韓国人、朝鮮人を差別するものであり、法の前の平等原則を侵害する不合理な理由による差別であることが明らかである。

(三) 外登法一四条一項違反を理由とする本件処分の違法性

一律に二回目以降の指紋押なつを強制する外登法一四条一項の指紋規定は、仮に指紋押なつ制度自体が合憲であったとしても、人権に対する過度に広範囲な規制として違憲無効である。

外登法の一回目の指紋は登録される人物を誤りなく特定することを目的とするものであり、二回目以降の指紋は現に在留する個々の外国人と初回の指紋により特定されて登録されている人物が同一人であることを確認するために必要なものであるとされており、一律に全員について押なつをさせる初回指紋は同一人性確認の前提をなしているものであって、それは一律に全員について押なつをさせる二度目以降の指紋と不可分一体のものとして全員についての同一人性の確認を目的とする外登法の指紋押なつ制度を形成しているのである。

ところが、昭和六二年外登法改正(法律第一〇二号)は、二回目以降の指紋について、同一人性が指紋によらなければ確認できない場合等個別の事由のあるときのみこれをさせることとし(同法一四条五項但書)、従前一律に全員について二回目以降の押なつをさせていた制度を廃止した(同法一四条五項本文)。被告法務大臣らは、これまで指紋押なつ制度は不正登録ひいては不法入国を抑止する効果があり必要かつ合理的制度である旨を主張してきたが、以下の各立法事実に照せば、同一人性確認の手段として指紋押なつを一律に全員についてさせることとしていた外登法一四条一項は必要性、合理性を欠き、前記の憲法及び国際人権規約に違背し違憲無効な法令である。

前記のとおり、法務省は、昭和四五年以後換値分類を廃止しているが、これは、この時点で換値分類を廃止しても在留管理に全体として支障を来すような不正登録はなくなったという判断を当局自身が下していたものと受け取れる。

昭和四六年には、登録証明書の再交付申請時に一〇指指紋を押なつすることとしていた規定を廃止して、一指指紋とする改正がなされたが、これは、この時点で再交付制度の悪用による在留管理に全体として支障を来すような不正登録はなくなったという判断を当局自身が下していたと受け取れる。

前記のとおり、法務省は昭和四九年八月一日以降二回目の指紋押なつの際の指紋原紙への指紋の押なつを省略する旨の通達を発しているが、これは、指紋原紙への二度目の指紋押なつを省略し、これまで法務省において切替登録の都度一律に行っていたという指紋照合を取り止めても、在留管理に全体として支障を来すような社会事情はないという判断を当局自身が一層強めたものと受け取れる。

法務省は、昭和六〇年五月一四日付け法務省管登第八七六号都道府県知事宛ての入管局長通達「外国人登録事務の適正な運用について」(以下「五・一四通達」という。)によって、市区町村の窓口において「出頭した外国人から鮮明な指紋の押なつを求めこれが前回の指紋と同一であるか否かを肉眼によって照合し、確認に努め」るよう指示したが、法務省段階では指紋による照合を長年にわたり行っていなかったこと、市区町村段階で指紋照合をするよう指示する通達文書はそれまで一切なかったこと、それまで市区町村の窓口での指紋照合は全く行われていなかったことなどの事実に照してみると、五・一四通達は、指紋制度が現に機能し必要とされているらしいことを何とかして世間に示そうとする辻つま合せの通達であることは明らかであり、この通達により、昭和四五年以降の指紋制度形骸化の実態が逆に浮彫りにされているというべきである。

ところが、法務省は、登録証明書の切替交付、再交付申請の都度指紋照合を励行するよう指示する右通達から二年も経過しない昭和六二年三月一六日に、同一人性が指紋によらなければ確認できない場合等個別の事由のあるときのほかは、一律に全員について指紋照合による同一人性の確認をする必要はないとして、右通達の内容と全く矛盾する昭和六二年改正法の法案を国会に提出したのである。

右の昭和四五年以降の指紋押なつ制度の運用実態と右社会事情の同一線上にあると解される右改正法成立の事実とを併せ考えると、同一人性確認の手段として一律に全員について三年毎に指紋押なつさせることとしていた外登法一四条一項は、同一人性確認の行政目的を越えた過剰な措置であり、必要性、合理性の到底認められない違憲、違法な規定である。

4  渡航の自由を侵害する本件処分の違法

(一) 憲法に定める渡航の自由

憲法二二条は、居住、移転の自由(一項)や外国移住の自由、国籍離脱の自由(二項)を保障している。右外国移住の自由とは、広義の居住、移転の自由の一種で、ただ、その移住する地域が日本国の領土外である点で国内における居住移転の自由と区別されるにすぎないから、海外へ一時的に旅行する自由もこの中に含むものと解される。海外渡航の自由は、今日では、身体の自由の必然的属性、個人が生活の手段を得る必要条件、表現の自由、学問の自由などの必要条件、家族生活を営む必要条件、民主社会の基本属性などと考えられて、憲法上保障されている自由権の一種である。

(二) 定住外国人の人権保障

国際人権規約B規約二条一項及び経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第六号、以下「国際人権規約A規約」という。)二条二項には、外国人を含むすべての個人に対して平等に人権を保障すべき義務を課しており、国民に完全に保障されている人権保障を外国人にどこまで保障すべきかが我が国においても重要な論点である。この視点から外国人の法的地位を具体的に考察するに当たって、外国人が日本人にどのくらい近いか、遠いか、日本国との絆が強いか、弱いかによって分類し、日本国民とほとんど異ならないような生活実態を持つ者については、これを定住外国人として国民に準じる地位を認め、より疎遠な者はそれなりに権利を保障し、一時的訪問者については例外的な場合のほかその権利の保障は本国に任せるということが、具体的に妥当な外国人の処遇、実質的平等、具体的現実的な人間の尊重理念の貫徹となり、いわゆる国家の安全とも調和する政策に一致するのである。右の定住外国人とは、その個人が日本社会の一員として国民同様の生活を営んでいるという社会構成員性を持つ者、すなわち日本社会に生活の根拠を持ち、その生活実態において自己の国籍国をも含む他のいかなる国にもまして日本と深く結びついており、その点では日本に居住する日本国民と同等の立場にある外国人、国籍を有しない者をいう。法は、引き続き五年以上日本に住所を有するものに帰化資格を付与している(国籍法五条一項)が、これは、日本国民に準じる生活実態を持っていることを法的に評価し、帰化資格を付与しているものと解される。また、国籍法は、右の者以外についても、生活の本拠が本邦にあり、国籍帰属国における生活よりもより深く本邦における生活に入り込んでいると認められる者に帰化資格を認めており(同六条)、生活の本拠と密接な人間関係の存在に着目して一定の場合に帰化資格を認めている(同七条)。日本国民に準じる地位を認める定住外国人の範囲について考えるに、国籍法が帰化資格ありとする要件を満たして我が国に生活の本拠を持ち続ける外国人には、入管法上の在留資格にかかわりなく、定住外国人として、原則として日本国民と同等の法的地位を認めるのが妥当である。

(三) 定住外国人の入国、再入国の自由

定住外国人はすでに国内に居住している者であって、一時的外国旅行を終了した後のその「入国」は、生活の本拠たる日本への帰国にほかならない。出国した在留外国人の再入国の拒否は、彼が享有していた在留国の保護を受ける諸権利、利益の剥奪、侵害につながり、とりわけ定住外国人の場合深刻な事態を惹起しかねない。したがって、既に国内に居住している定住外国人の入国は、入管法上の再入国の要件に合致すると否とを問わず常に再入国であり、実体的には生活の本拠たる日本への帰国にほかならない。そして、定住外国人の再入国(=帰国)の実質は、日本国における在留地を生活の本拠とする一時的な海外旅行であると解すべきであり、前記のとおり、日本国民の海外渡航の自由は憲法上保障されているから、定住外国人も同様に保障されていると解すべきである。

(四) 出入国管理及び難民認定法二六条一項と渡航の自由

出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)二六条一項にいう「再入国」とは、単なる出国、入国とは異なり、日本国に在留資格のある外国人がその在留期間の満了の日以前に日本国に再び入国する意図をもって出国することであり、その実質は、前記のとおり一時的な海外旅行にほかならないから、右条項に定める再入国の申請及びその許可は、憲法二二条において在日外国人にも保障している「渡航の自由」を制限する手続規定であると解される。したがって、入管法二六条一項は「再入国の許可を与えることができる」という規定をとっているが、その許可、不許可について被告法務大臣の全くの自由裁量を許すものではなく、許可をすることによって日本国の利益又は公安に明白かつ現在の危機が生ずる場合、又は、少なくとも再入国許可申請者が旅券法一三条一項五号に定められるような著しくかつ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認められるなど公共の福祉を害する場合に限って再入国を不許可とすることができるにすぎないと解すべきであり、その観点から行政権の再入国に関する裁量が制約されるものと解される。

したがって、指紋不押なつに対して行政罰の定めがあるとしても、指紋不押なつ者の特定国への一時的海外渡航によって国際情勢等の諸事情に照し我が国の国益を害する危険をもたらす虞がないのであれば、当該再入国申請を許容すべきである。

(五) 本件処分の違法性

仮に、原告に指紋押なつの義務があるとしても、右義務を拒否したからといって、原告の海外旅行が日本国の利益や公安に現在かつ明白の危険を生ぜしめたり、著しくかつ直接に日本国の利益又は公安を害する虞のある実質的な違法行為に該当するとは到底評価できないから、本件処分は憲法二二条一、二項に反する違憲違法な処分である。

5  裁量権濫用による本件処分の違法性

(一) 指紋押なつ拒否運動の高まり

原告の家族四名は、昭和五五年一一月から昭和五六年四月にかけて指紋押なつを拒否したが、昭和五七年一〇月一日現在まで、原告の家族を含め二七名の指紋押なつ拒否者が出ており、その後も拒否者は増加している模様である。この間、昭和五七年四月の国会で外登法の一部改正法が審議され成立し、同年一〇月一日から施行されたが、同改正法は事務の簡素化を主たる狙いとするもので、かねて批判の多い登録証明書の常時携帯義務及び指紋押なつ義務を問題とする基本的な改正ではなかったため、外国人登録事務を所掌する各地の地方自治体で議論を呼んだ。すなわち、西宮市職員労働組合は、指紋押なつ制度が実施されて以来、外国人登録事務に従事している職員に支給されていた特殊勤務手当(「精神的負担」を理由に指紋押なつ一件につき七〇円支給)について、指紋押なつ制度廃止運動の一環としてこれを廃止すべく市当局と協議し、昭和五七年七月一四日これを廃止することを合意した。また、西宮市議会、秋田市議会、大曲市議会、男鹿市議会、米沢市議会などで、指紋押なつ制度の廃止を骨子とする外登法の改正を求める決議がなされ、武蔵野市議会からは同旨の請願が当局に提出され、大阪市区長会、外国人登録事務七大府県連絡協議会、都道府県主管課長会議などからも関係当局に同旨の要領の要望がなされ、その後、泉大津市、長岡京市、八幡市、向日市、京都市、大阪市などの地方自治体からも、内閣総理大臣、被告法務大臣、外務大臣、自治大臣に対して同趣旨の要望がなされている。

他方、前記指紋押なつ拒否者を支援する韓日婦人団体の署名運動、指紋押なつ拒否者の証言集会の開催、各地の在日本大韓民国居留民団による市町村議会への指紋押なつ全面廃止の要望書の提出運動を反映して、在日本大韓民国居留民団中央執行委員会も指紋押なつ制度の全面廃止を各方面に要望して行くことを決定した。

(二) 本件処分以前の法務省の対応

原告は、昭和四五年以降合計一二回にわたり出入国管理令(昭和五六年法律第八六号による改正により昭和五七年一月一日以降は入管法、以下「入管令」という。)二六条一項に基づいて再入国許可申請をし、その都度許可されてきた者である。その間原告は前記のように昭和五五年一一月一八日外登法一四条所定の指紋押なつを留保したが、その後も原告は、五六年一月九日ドイツ方面への旅行を目的とする再入国許可申請をし、有効期間を昭和五七年一月九日までの一年間として許可され、同年二月二三日に出国し、ドイツ、スイス、アメリカに渡航した後、同年三月三〇日再入国した。昭和五六年四月六日韓国への旅行を目的とする再入国許可申請をし、有効期間を昭和五七年四月六日までの一年間として許可されたが、この回は都合で出発を見合せた。昭和五七年二月九日韓国への旅行を目的とする再入国許可申請をし、有効期間を昭和五八年二月九日までの一年間として許可され、同年二月一五日に出国し韓国へ赴き、同月二〇日再入国した。昭和五七年七月七日韓国への旅行を目的とする再入国許可申請をし、有効期間を昭和五八年七月一七日までの一年間として許可され、同年八月二日に出国し韓国へ赴き、同月一三日再入国した。

(三) 本件処分の際の当局の対応

原告は、昭和五七年一〇月二八日、本件会議に出席するための韓国への往復航空券を買い求めた上、従来と同様に福岡入国管理局小倉港出張所に赴き、再入国許可申請をする旨を担当官に告げたが、同担当官から指紋押なつ拒否者の再入国許可申請は本局に上げるため決定までに約二週間かかる旨を告げられ、従来は同出張所限りで直ちに再入国許可手続を終了していたので、右異例の措置に驚いた原告は緊急に善処を要望したが、福岡入国管理局は、本件は本省と協議する、申請書は同出張所に提出するようにと指示してきた。そこで、原告は従来どおりの書き方で申請書に所定事項を記載して提出しようとしたところ、担当官は、「旅行目的会議出席」だけではなく、具体的に書くようにとの行政指導に及んだので、原告は右指導に従い、旅行目的欄の「会議出席」に続けて「一九八二・一一・一夜から一一・四日本キリスト教協議会人権委員会と韓国キリスト教協議会との合同会議」と一応記載してこれを提出した。

翌二九日夕方原告不在中に同出張所担当所員から原告宅へ電話連絡があり、原告の妻は、原告の再入国申請が不許可になった旨の告知を受けた。

なお、原告に対する本件処分に関して報道した日本及び韓国の各新聞によれば、入管局入国審査課及び福岡入国管理局では、いずれも「指紋押なつを拒否した者は違法状態にあるので再入国は認めるわけにはいかない。」旨を取材記者に述べている。

以上の経緯から明らかなように、本件処分は、拡大傾向にある原告が参加している指紋押なつ拒否運動に対してみせしめとして報復的措置を講じ、これを牽制して抑圧、鎮圧するという他事考慮に基づく目的でなされたことは自明である。

(四) 原告の指紋押なつ拒否の実害

原告は、前記の本件処分に至る経緯で明らかなように、在留管理あるいは出入国管理行政をあえて混乱せしめ、本邦の安全及び国民の福祉に危害を及ぼすことを意図し、公然と指紋押なつを拒否している者ではない。原告は、既に指紋が登録されており、切替申請等をする外国人については、その同一人性に疑いのある場合にのみ再度の指紋押なつを求めるということで同一人性の確認の目的は十分に達成しうることを明らかにした昭和六二年改正法の趣旨からすれば、原告の右切替登録時における指紋押なつの留保は、本邦の在留管理あるいは出入国管理行政を侵害し、本邦の安全及び国民の福祉に危害を及ぼすような性質の所為ではないし、右改正法の理は、原告が指紋押なつを拒否したころの外登法の下においても変らなかったはずであり、右外登法の下における二回目以降の指紋押なつの一律強制は、前記のとおり、指紋押なつ制度の合憲性が仮に承認されるとしても、なお、人権に対する過度に広範囲な規制として違憲とされなければならなかったものである。

(五) 本件処分の違法性

以上のように、本件処分は、被告法務大臣の裁量権(行政事件訴訟法三〇条)を濫用した違法な処分である。

6  訴えの利益

原告は、昭和六三年七月二二日付けで再入国許可を申請したのに対し、被告法務大臣は、同月二八日付けで有効期間を同年一二月一六日とする数次再入国許可をしているが、被告法務大臣は、入管法二六条六項に基づき数次再入国許可の取消しをするおそれがないとはいえないのである。

7  損害

原告は、本件処分によって、人格権及び渡航の自由という憲法上保障された重大な利益を侵害され、当初予定していた昭和五七年一一月二日及び三日の本件会議に出席できず、そのため右会議が延期となったうえ、延期にかかる昭和五八年三月七日及び八日の合同会議にも遂に出席できず、また、右会議で「在日韓国人の歴史と現状」と題する主題講演をする機会は失われ、原告の講演準備の努力も一切水泡に帰した。原告の人格権及び渡航の自由という憲法上保障された重大な利益を侵害する本件処分により原告が被った精神的損害はきわめて甚大であり、これを金銭に換算すれば、少なくとも一〇〇万円を下らない。

8  よって、原告は、被告法務大臣に対し本件処分の取消しを、被告国に対し国家賠償法に基づく損害賠償請求として金一〇〇万円及び不法行為日である昭和五七年一〇月二九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合によ遅延損害金の支払を求める。

二  被告法務大臣の本案前の申立ての理由

1  渡航目的の消滅

原告のした本件の再入国許可申請は、昭和五七年一一月一日から同月四日までの間に韓国において開催される本件会議に出席することを目的として行われたものであるところ、現在においては、右会議の最終日を経過しているのであるから、既に本件処分の取消しを求める法律上の利益を喪失しているものというべきである。

2  本件判決の拘束力

また、仮に本件会議が延期され、新しい開催期日における会議に出席するのであれば、本件申請とは旅行目的を異にするから、原告は、右会議の新開催期日を特定して改めて再入国許可申請を行わなければならない。ところで、外国人の再入国の許否は、後記のとおり被告法務大臣の自由裁量により決定しうる事項であるが、被告法務大臣は、再入国許可申請がなされた場合、申請にかかる渡航先国名、旅行目的等種々の要素を総合的に判断してその許否を決定するのであり、旅行目的が異なればその判断も当然異なったものになりうるのである。そして、旅行目的が会議出席にあり、その会議の趣旨、開催場所及び出席者等が変わらないものであっても、その開催期日が異なれば、被告法務大臣が許否の判断の基礎とする国際情勢等の諸事項も異なってくる可能性があるから、許否の判断も異なるものになりうる。したがって、本件処分の取消判決を得たところで、その拘束力は、当然には、旅行目的を異にする(新期日に開催される会議への出席を旅行目的とする)再入国許可申請には及ばないから、本件処分の取消しを求める法律上の利益はない。

3  再入国許可の取得による利益の消滅

原告は、昭和六三年七月二一日付けをもって新たに再入国許可申請をし、これに対して被告法務大臣は、同月二八日付けで有効期間を同年一二月一六日までとする数次再入国許可をした。したがって、本件処分によって原告が受ける不利益は、数次再入国許可処分によって解消されたものであり、本件処分の取消しを求めることによって回復すべき法律上の利益は、原告にはもはや存しないというべきである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告が昭和五五年一一月一八日に外登法一四条の規定による指紋押なつをしなかったことは認める。

2  同2の事実中、原告が在日大韓基督教会に所属していること、昭和五七年一〇月二八日被告法務大臣に対し日本NCC人権委員会と韓国NCCとの合同会議に出席するとの理由で再入国許可申請書を提出したこと、被告法務大臣は、原告が二年前の昭和五五年一一月一八日外登法一一条による登録証明書の切替交付時に、同法一四条所定の指紋押なつを許否したまま今日に至っていることを理由にして、翌二九日本件処分をしたことは認め、その余の事実は知らない。

3(一)  同3(一)冒頭の指紋押なつ制度が憲法一三条、国際人権規約B規約七条に違反するとの主張は争う。

(1) 同3(一)(1)の外登法は占領下における朝鮮人及び台湾人管理のための基本法令であり、治安立法の一環として制定されたものであり、外登法もまた治安的観点から朝鮮人及び台湾人を管理の対象とするものであり、外登法によって新設された指紋規定も、朝鮮人の取り締まりに資するため、治安的観点から立法されたものであるとの主張は争う。

(2) 同3(一)(2)のうち、指紋は各市区町村において警察によって広く犯罪捜査に用いられているとの事実は否認する。

(3) 同3(一)(3)の指紋押なつ制度の必要性が消滅したとの主張は争う。

(4) 同3(一)(4)の指紋押なつ制度の実効性は少ないとの主張は争う。

(5) 同3(一)(5)のうち、昭和四九年四月二三日付け法務省管登第三三六一号「指紋原紙に押なつする指紋の省略について」と題する通達は、新規登録の際に押なつした者について、その後の登録証明書切替時には外登法の定める指紋原紙への押なつを省略する扱いを指示し、その結果、昭和四九年八月の一斉切替以降昭和五七年一〇月まで被告法務大臣は指紋原紙の送付を受けることがなく、したがって、本来実施されるべき採取された指紋と三年前の切替時に採取した指紋の同一人性確認を実施していないこと、入管局登録課指紋係は従前指紋原紙の換値分類を行っていたが、昭和四五年を限りにこれを全く実施していないことは認め、市区町村の窓口では外国人登録の同一人性の確認は登録事項によるほか専ら写真によってなされ、指紋の照合は行われていないのが実態であることは否認する。

(6) 同3(一)(6)の指紋押なつ制度を採用している国は少ないとの主張は争う。

(7) 同3(一)(7)のより制限的でない同一人性確認方法が存在することは否認する。

(二)  同3(二)の在日韓国人、朝鮮人に対する指紋採取が、国際人権規約B規約二六条、憲法一四条に違反するとの主張は争う。

(三)  同3(三)のうち、昭和六二年改正法は、二回目以降の指紋について同一人性が指紋によらなければ確認できない場合等個別の事由のあるときのみ、これをさせることとし(同法一四条五項但書)、従前一律に全員について二回目以降の押なつをさせていた制度を廃止した(同法一四条五項本文)ことは認め、一律に二回目以降の指紋押なつを強制する外登法一四条一項の指紋規定は、仮に指紋押なつ制度自体が合憲であったとしても、人権に対する過度に広範囲な規制として違憲無効であるとの主張は争う。

4(一)  同4(一)のうち、憲法二二条が日本人に一時的海外旅行の自由を保障していることは認める。

(二)  同4(二)の国籍法が帰化資格ありとする要件を満たして、我が国に生活の本拠を持ち続ける外国人には、入管法上の在留資格にかかわりなく、定住外国人として、原則として日本国民と同等の法的地位を認めるのが妥当であるとの主張は争う。

(三)  同4(三)の定住外国人の入国、再入国の自由は憲法上保障されているとの主張は争う。

(四)  同4(四)の主張は争う。

5  同5ないし7は争う。

四  被告の主張

1  原告の法的地位

原告は、昭和五年九月二四日朝鮮平安北道宣川郡において父崔孝根、母季麻女の間に出生した韓国人であり、その後、朝鮮において成長したが、昭和二九年六月ころ本邦に入国し、大阪市内及び神戸市内などで潜伏居住していたころ、韓国人白章玉名義の登録証明書を不正に入手し、白章玉名義で入管令二六条一項に基づく再入国許可を受け、同三五年一一月に韓国へ一時帰国したことがある。原告は、昭和四三年九月二四日下関入国管理事務所(昭和五六年四月組織改編により広島入国管理局下関出張所となっている。)に出頭し、自己の不法入国の事実を申告したので、同入国管理事務所において原告につき入管令二四条一号該当容疑で退去強制手続を進めたところ、同四四年一一月七日原告から被告法務大臣に対し同四九条に基づく異議の申出がなされ、被告法務大臣は、同年一二月一二日同五〇条に基づき原告の在留を特別に許可した(在留資格は同四条一項一六号に基づく省令(昭和二七年外務省令第一四号)一項三号、在留期間一年)。その後も、原告は引き続き北九州市内に居住し、四回にわたり在留期間の更新許可を受けてきたが、昭和四九年一〇月二九日に在留期間を三年に伸張する在留期間の更新許可を受け、昭和五五年一一月一七日には右在留期間伸張後二回目の在留期間更新許可を受けている。

2  外国人登録制度制定の経緯

(一) 外登令の公布施行

第二次世界大戦前、我が国における外国人の出入国、在留管理は、明治三二年内務省令第三二号「宿泊その他の件」、昭和一四年内務省令第六号「外国人の入国滞在及び退去に関する件」等旧内務省令により警察が所掌していたが、戦後は、昭和二二年五月二日連合国最高司令官の指示に基づき新たに勅令第二〇七号として外登法が公布施行され、所管庁は当初内務省と定められたが、昭和二三年二月一五日法務庁の設置と同時に同庁民事局に移管された。この外登法は、外国人の我が国への入国には連合国最高司令官の許可を必要とすること、在留外国人に対し登録を実施すること、許可なく入国した者等の退去強制を定めることの三点を骨子とするものであり、旧外地戸籍令の適用を受けていた朝鮮人及び台湾人も、この政令の適用については外国人とみなすこととされた。なお、外登法は、その後昭和二四年一二月三日付け政令第三八一号によって一部改正され、それまで有効期間の定めのなかった登録証明書の有効期間を三年と定め、三年毎に登録証明書の交付を申請する制度が加えられ、外国人登録に関する諸規定は大綱において現行外登法にほぼ類似するものとなったが、外登法には指紋押なつ制度は採用されていなかった。このように、外登令施行に伴い約六〇万人の外国人について新たに登録が実施されることになり、戦後の混乱期において身分事項等の必ずしも明らかでなかった在留外国人の実態が把握されることになった。しかし、一方において、当時朝鮮半島から多数の不法入国者が流入していたこと、外国人の身分関係等が我が国内で充分把握されておらず、戸籍謄本、旅券等客観的資料に基づくことなく外国人本人の申立てのみにより登録を行わざるをえなかったこと、集団申請や代理人による申請が横行したこと、外国人登録が米穀通帳発給の基礎となっていたこと等の事情があって、二重登録、幽霊登録の不正が続出し、その数は数万人にも上ると推定される実情であった。

(二) 外登法の制定

その後、日本国と諸外国との平和条約の発効を控えて、出入国管理制度を整備するために、昭和二六年一〇月四日付け政令第三一九号として入管令が施行され、他方、外国人登録に関しては新たに外国人登録に関する単独法を制定することとし、昭和二七年四月二八日外登法(昭和二七年法律第一二五号)が公布、施行された。この外登法は外登令を母体とするものであったが、続発する不正登録を是正するため従前三年とされていた登録証明書の有効期間を二年に短縮したほか、新たに指紋押なつ制度を採用した。なお、指紋押なつ制度については、外国人団体の反対運動や財政事情等からその実施が一年刻みに二回延期されていたが、昭和三〇年四月から実施された。その後八回にわたって外登法の一部改正が行われ、昭和五七年外登法改正は、確認期間を五年に伸張すること、指紋押なつ等の義務年齢を一四歳から一六歳に引き上げること、罰則の一部を緩和すること等を内容とするものであった。

なお、昭和五七年外登法改正の際の国会審議では、一部から登録証明書の携帯制度、指紋押なつ制度等もこの際緩和ないしは廃止すべしとの意見があり、日本共産党からは指紋押なつ制度の廃止を含む修正案も提出されたが、国会においては、これらの点についても審議が行われた結果、指紋押なつ制度は必要なものであって引き続き存続すべきものであるとして、前記日本共産党修正案は否決され、政府原案が全会一致の賛成で可決成立した経緯がある。

(三) 外国人登録の運用の実情

外国人登録事務は、昭和二七年八月一日から入管局登録課の所掌するところとなり、その事務は地方自治法一四八条による機関委任事務として都道府県を通じ全国の各市区町村が行っているが、その具体的事務は、各種申請の受理、登録原票の作成及び保管、指紋の採取、登録証明書の交付、各種照会に対する回答等であり、都道府県は中間監督機関として市区町村における事務を指導、監督している。また、法務省は、都道府県、市区町村が登録事務を行うに必要な経費を委託費として交付するほか、市区町村における事務を都道府県を通じて指導、監督し、更に法務省自体も各自治体から送付された登録写票及び指紋原紙を点検、照合、分類、保管して、全国規模での在留外国人の実態を掌握することとしている。昭和五九年六月末現在の登録人員は、八二万五七一二人であり、これを国籍別にみると、韓国、朝鮮が六七万六六五四人で全体の約81.9パーセントを占め、中国(台湾を含む。)が六万五八八二人で約7.9パーセント、米国が二万六八〇四人で約3.2パーセントあり、以下フィリピン、英国、西ドイツ、ベトナムと続くが、いずれも一パーセント未満である。なお外国人登録数は、昭和二七年の外登法施行当時約五九万人であったが、その後昭和三一年の切替時及び北朝鮮帰還の行われた昭和三五年及び昭和三六年を除き、毎年増加している。

昭和五七年の市区町村における各種申請等の取扱件数は合計九〇万三一〇八件で、そのうち新規登録申請(外登法三条)が七万九六〇九件、確認申請(同一一条一項、二項)が六万二九二〇件、変更登録申請(同八条、九条)が六四万六二四〇件である。また、指紋押なつ件数は七万六〇九四件である。このような在留外国人の身分関係等に関する登録記録は広く各方面で活用されており、昭和五七年に市区町村が発給した登録済証明書は八六万九九〇五件に及び、また、法務省(登録課)に対する公務所等からの登録記録に関する照会は四万〇九七七件である。

現行の外国人登録制度は、我が国に戸籍がなく住民登録を行っていない外国人について、氏名、生年月日等の身分事項や外国人に特有の在留資格、在留期間あるいは本邦における居住地、職業等を登録させ、その在留の実態を明確にしようとするものであって、登録原票は、我が国に在留する外国人に関する唯一の公簿としての性格をも有するものである。

外登法は、登録事項に変更が生じた場合には変更登録申請を行わせるほか、確認申請制度を設け、五年毎に登録事項についての確認申請を行わせ、その際に写真を提出させ、指紋を押なつさせ、さらに登録証明書を発給し常時携帯させること等を義務づけて、外国人登録の正確性を確保するために万全を期するとともに、在留外国人の身分事項、居住関係を即時的に把握できるよう定めている。

その結果、外国人登録制度は戦後の混乱を経て逐次整備され、その公簿は現在ではほぼ完全な体裁を整えつつあり、他方、昭和五九年四月から全国の外国人登録記録のすべてが法務省の電算機に入力され、全登録外国人の実態を効率的に把握できることとなった。外国人登録は現在広く各方面に利用されており、これらを通じ、出入国管理行政を始め具体的に被疑事実の特定された犯罪捜査、租税、教育、医療、福祉等外国人に対する各行政の適正な運用に資するとともに、外国人自らも就学、就職、結婚、商取引等に関し自らを証明する重要な資料となっている。

なお、不法入国者の摘発事例等を通じてみると、昭和四九年から昭和五六年までの八年間に合計三四六件の不正登録が発見されているが、これらのうち、三三二件が指紋押なつ制度実施前の昭和二〇年代に不法入国し、他人の登録証明書を譲り受けるなどして不正登録したものである。その余の一四件は、昭和三〇年以降の不正登録事案であるが、これらは、いずれも不法入国者の子として本邦で出生したものが正規の在留中に他人の登録証明書を入手して同人になりすましていたものである。

3  指紋押なつ制度について

(一) 指紋押なつ制度採用の経緯

前記のとおり、外登令では指紋押なつ制度は採用されておらず、人物の特定及び同一人性の確認は専ら写真等によって行われていたため、二重登録、幽霊登録等の不正登録が続出し、その数が数万人と推定されたほか、他人名義の登録証明書を入手し、写真を貼り替えて名義人になりすますなどの不正も多発し、外国人登録が在留外国人の実態を正確に把握するものとは言い難い状況であった。そこで、昭和二七年外登法の制定に際し、外国人を誤りなく特定して登録すること、さらにその後の人物の一貫性、同一人性を確認する手段として新たに指紋押なつ制度を採用することとし、一四歳以上の外国人は、新規登録申請、確認申請等に際し、登録原票、登録証明書、指紋原紙及び登録証明書交付申請書に指紋を押なつするものとされ、昭和三〇年四月から実施された。

(二) 指紋押なつ制度の仕組、役割、機能

登録原票は、外国人の身分事項、居住関係を記載して市区町村に保管されているいわば外国人に関する公簿(基本台帳)である。まず、新規登録等に当たり登録した外国人を誤りなく特定するため、写真を提出させて同原票に貼付するほか、同原票の指紋欄に指紋を押なつさせることとし、更に、その後の五年毎の確認申請、あるいは、再交付申請、引替交付申請に当たっても、申請者が登録されている外国人と同一人であるかどうかを確認することが最も肝要であるため、写真を提出させるとともに、指紋の押なつを義務づけて、市区町村の窓口においてその同一人性を確認することとしている。

指紋原紙は、登録原票が市区町村に置かれて移動できないこととされ、登録原票に押なつされた指紋を他の市区町村にある登録原票に押なつされた指紋と照合できないため、登録された外国人の指紋を中央(法務省)に集中管理し、所要の照合を行うためのものである。この指紋原紙は、指紋押なつ制度発足後法務省において換値分類され、二重登録等不正登録の発見、是正に効果があった。昭和四五年換値分類が中止された後は、市区町村から送付されてくる指紋原紙の指紋は、法務省において前回同一人の押なつした指紋と照合して市区町村における指紋照合に誤りはないかを補充的に再度点検し、切替年度別に登録番号順に整理して保管し、人物の同一人性に疑いの生じた場合の指紋の対比照合あるいは今後送付されてくる同人の二回目以降の指紋原紙と照合する客体として保管されている。

外登法は、一六歳以上の外国人に指紋押なつした登録証明書の常時携帯を義務づけているところ、登録証明書の携帯制度は、在留外国人を特定し、必要に応じその身分関係及び居住関係を即時的に、かつ、正確に把握するために必要な制度である。すなわち、登録証明書に貼付された写真のみでは人物の同一人性が確認できず、又は他人名義の登録証明書を不正入手して写真を貼り替えて同人になりすますなどの不正があった場合に、登録証明書に押なつされた指紋と所持人の指紋を照合することによりその同一人性を即時的に容易に確認できる手段として有用なものである。

外国人登録制度上、市区町村(登録原票を保管)及び法務省(指紋原紙を保管)に集中管理されている指紋は、いつでも必要に応じて登録されている人物の確認を行うことができるよう保管しておくこと自体に目的があり、これにより、いついかなる場合にあっても、外国人の同一人性に疑問が生じた場合には、その真偽を専門的鑑識により最終的に客観的に確実なものとして確定することが可能である。そして、これがまた外国人に対し不正登録を思いとどまらせる抑止力としての役割を果している。

4(一)  指紋採取と憲法一三条、国際人権規約B規約七条

憲法一三条の趣旨から、指紋を採取されない自由ないし権利の享有を当然に引き出せるか疑問の多いところであるが、仮に右権利を含む趣旨のものと解しえても、このような自由ないし権利が絶対のものでないことは、同条が「公共の福祉に反しない限り」と規定していることから明らかである。加えて、国際法上、一般に、外国人の入国及び滞在の条件は国家の裁量に任された事項であると認められており、外国人登録における指紋押なつ制度は、我が国の立法機関たる国会が、国際法上国家の裁量に任された事項について、我が国を取り巻く国際環境と人的交流の実情及び在留外国人の実態等から、在留外国人の公正な管理を実施する上で必要不可欠の手段と認めてこれを定めたものであり、「公共の福祉」による自由ないし権利の制約というべきであって、憲法一三条には何ら違反しない。

国際人権規約B規約七条の審議過程において、同条が指紋採取と関連して討議されたという記録は見当たらず、むしろ、品位を傷つける取扱いを規定したのは、ナチスの強制収容所における生体実験の経験を踏まえてのことであるとされていることから、正当な理由のもとに適正に実施される指紋採取が同条の規定に違背するとは考えられない。

(二)  外登法及びその指紋規定は、治安的観点から朝鮮人及び台湾人を管理の対象とするものであるとの主張について

原告の主張する「治安的観点」とは何を指しているのか必ずしも明らかではないが、治安とは一般的には法秩序を維持し社会を安全、良好な状態に保持するという程の意味である。前記のとおり、戦後間もなくの我が国では大量の密入国者が相次ぎ、外登令制定後も不正登録が続出するなど、在留する外国人の実態を正確に把握し難い状態にあり、指紋押なつ制度は、このような状況にあって、外国人を誤りなく特定し、不法入国や不正登録等の違法を防止するため採用されたものである。

(三)  外登法の目的に反する警察の指紋利用の有無について

犯罪捜査を担当する警察官において、外国人に対する捜査遂行の過程等において、その国籍、住所、氏名、生年月日等の外国人の身分に関する登録事項を把握する必要があることは当然であって、その場合市区町村に対して外国人登録事項の照会を行うことがあるのは日本人に対する身分関係等の照会の場合と同様であり、このことから、警察が外国人の指紋を犯罪捜査に利用していることには直ちに結び付かない。

警察からの外国人の身分に関する登録照会に対し市区町村が文書によって回答する場合、回答される事項は、住所、氏名、生年月日等の登録事項に限られ、そもそも指紋の内容は文書によって回答しうる性質のものではなく、市区町村によっては登録事項の照会に対し事務効率化の観点から登録原票をコピーして回答している場合がないではないが、仮にその際指紋部分を消去することなく回答する場合があるとしても、それは市区町村の便宜によってたまたまそのような結果になったにすぎないもので、警察が当初から外国人の指紋を要求しているものではない。なお、この点に関し、法務省では、指紋が犯罪捜査に利用されているとの誤解を招かないよう、照会に対する回答を登録原票のコピーによって行う場合は指紋部分を消去するよう指導している。

右のことは、警察官の登録原票閲覧についても同様であって、警察官が市区町村に赴き仮に指紋を含む登録原票を閲覧することがあったとしても、それによって了知しうるのは、当然のことながら、国籍、氏名、在留資格等の登録事項に限られ、指紋の紋様までも記憶あるいは記録しうる道理がなく、警察官が登録原票を閲覧したからといって、指紋が犯罪捜査に利用されているなどと主張するのは論外である。

(四)  指紋押なつ制度の必要性

外国人登録行政は、在留管理に資するため身分関係及び居住関係を明確にしようとするもので、通常は、当然外国人が所持する旅券により確認することになるが、我が国に在留する外国人には旅券を所持しない者が多く、中には、無旅券のまま入国し、不法入国者として退去強制手続を受けた後に在留を特別に許可された者や、偽造、変造の旅券を所持している者も少なくないのである。そして、何よりも、外国人の身分関係の把握において日本国民と異なるところは、原始的身分関係事項に関する記録が我が国の行政機関において直接追跡できない本国である外国にあるという点である。この点は、我が国で出生した外国人といえども、その本国機関への登録をもって原始的身分関係として確定されることになるのであり、出生外国人の父母に係る原始的身分関係に関する記録が本国にあるため、その出生子に係る身分事項も、我が国への登録内容をもって絶対視することのできない点で同じであり、我が国において独自に在留外国人を特定し、同一人性を確認できる手段ともなり、入国する外国人個人による偽名、我が国の行政機関が関与できない地域における変名等が行われたとしても、それに堪えうる特別の制度を設ける必要が生じるが、このような必要性から設けられたのが、万人不同、一生不変の指紋に頼って我が国における登録の正確性と継続性を担保しようとする指紋押なつ制度である。

(五)  指紋押なつ制度の有効性

指紋は、万人不同、一生不変という特性を有し、人物を特定する簡便かつ最も確実な手段である。殊に、鮮明な回転指紋の照合は、二つの指紋を肉眼で対照することにより容易かつ迅速に同一性を確認することが可能であり、また、仮に肉眼による照合で同一性を確認出来ない場合は専門的鑑定によってその同一性を最終的に科学的に確認することができるのである。

指紋押なつが導入された後の登録人口の変動をみると、それ以前のごとき異常変動は全くみられず幽霊登録の流通が未然に防止されている実情を知ることができ、また、不法入国事犯のうち、他人名義の登録証明書を利用した本邦潜在例のほとんどは指紋押なつ制度導入前の登録証明書を利用しているのである。これらの結果が得られたのは、指紋押なつ制度を採用することにより、①架空の人物を利用することが不可能になる。②登録原票の写真は、容易に貼り替えられるが、指紋インクを使用した原票上の指紋は原票用紙を削る以外に改ざんの方法がないので改ざんの事実を容易に発見できることから、この方法による不正登録が困難になる、③引替交付、再交付又は切替交付の際、旧登録証明書の正当な所持人以外の者が登録証明書を不正に入手しようとする場合指紋まで似ている者を探して行わなければならないが、このような相似者を探すことは困難である、④氏名等を変えて二重登録したとしても、指紋を照合することにより不正の確証を挙げることができる(指紋押なつ制度を導入していない時期においては、二重登録の容疑があっても確証を得ることは困難であった。)といった効果があったからである。

(六)  指紋押なつ制度の運用の実情

登録原票の所定の箇所に押なつされている鮮明な回転指紋の照合は、二つの指紋を肉眼で対照することにより容易かつ確実に同一性を確認することが可能であり、外国人の指紋の照合は、格別の知識、経験を必要とするものではなく、したがって、市区町村の職員に指紋鑑識の技術がないとしても、市区町村において同一人性の確認が行われている。

指紋押なつ制度は、外国人を特定し、もって登録の正確性を維持することを第一の目的としているほか、昭和二〇年代に続出した二重登録や他人名義の登録証明書を不正入手して適法在留者になりすますなどの不正登録等の発見及び防止を第二の重要な目的としている。このため、指紋押なつ制度発足に際し、法務省において登録された外国人の指紋の換値分類を行い、全国から送付される指紋原紙の指紋を紋様によって分類し、これを換値化して厳格な指紋の照合を行った。その結果、同一人による二重登録や他人の登録証明書を不正入手した人物の入れ替わり登録等の不正が発見できるようになり、昭和三二年以降同三六年までに合計五六件の不正登録が発見されている。その後指紋押なつ制度が奏効して不正登録が減少し、また換値分類によることなく他の簡易な方法によっても登録された人物の入れ替わり等の不正が発見でき、さらには行財政事情等から業務の簡素化を図る必要があったため、昭和四五年以降換値分類作業を中止し、その後は、各種登録申請及び登録証明書交付の窓口である市区町村における指紋の照合を徹底させることによって確認申請等に際し人物の同一人性を確認し、かつ市区町村から法務省に送付される指紋原紙を切替年度別に登録番号順に整理、保管し、切替交付、引替交付、再交付等に際して押なつされ送付されてくる二回目以降の指紋原紙の指紋と照合することによって市区町村における同一人性の確認に過誤がないかどうかを再確認(点検)することとした。

その後、出入国管理業務の業務量の飛躍的増大に伴い各種事務が著しく加重負担となり、出入国管理及び外国人登録の一層の事務の簡素化、効率化を図る必要が生じたこと、及び、近い将来において各市区町村においては不要となる使用済みの登録原票が法務省に回収され、必要な指紋が法務省に集められることが予定されていたことから、右の回収される登録原票によって補うことができる指紋、すなわち二回目以降の指紋押なつ者については、当分の間指紋原紙への指紋押なつを省略する行政措置を採った。その結果、昭和四九年四月以降二回目以降の指紋押なつ者の指紋原紙を法務省に送付することが中止された。

しかし、その後昭和五七年外登法改正によって登録証明書の国外持出しが可能となり、また確認申請期間が三年から五年に伸張されたこともあって、登録された外国人の同一人性をより慎重かつ正確に行う必要が生じたため、昭和五七年八月二〇日付け通達(法務省管登第一一五〇〇号)をもって、昭和五七年一〇月から二回目以降の指紋押なつをする外国人について再び指紋原紙に指紋を押なつさせ、これを法務省に送付させる事務を再開させ、じ後法務省において二名の職員が専従して市区町村から送付される指紋原紙によって市区町村における指紋による同一人性の確認に誤りがないかどうかを再確認するための照合を行っている。

その上、指紋原紙の法務省送付を一時中断していた間においても、新規登録の指紋原紙は引き続き送付され、分類整理されていたのであり、新規登録以外の指紋原紙の送付を中断したのも右のようなやむをえない事情によるのであって、法務省が指紋原紙そのものを不要としていたものではない。しかも、指紋原紙の法務省送付が一時中断していた間も、市区町村では指紋照合は引き続き行われてきたのであるから、右の法務省送付が一時中断されていたことのみをもって、指紋押なつ制度の必要性が消滅したとはいえない。

(七)  指紋押なつ制度の普遍性

外国人に対する指紋押なつ制度は、諸外国でも広く行われていることであって、南北アメリカ、ヨーロッパ及びアジア諸国の四九ヵ国について調査した結果、外国人に指紋押なつ義務を課している国は、米国、韓国、フィリピン、ブラジル等二四ヵ国であり、識別可能な署名のできない場合等部分的に義務を課している国は、イギリス、西ドイツ等九ヵ国である。外国人管理の方式についての諸外国の立法例は、各国の主権作用として当該国家の自由裁量により行うことができるため、各国はその置かれた国際環境、国内事情に応じ、独自の管理方式を定め、その運用は区々にわたっている。また、諸外国の外国人管理の方式は、大別して、南北アメリカのような移民受入れ国(移民受入れ国ではないが、米国移民帰化法を参考とした出入国管理を行う日本、韓国、フィリピン等を含む。)と、ヨーロッパ諸国のように外国人管理を治安問題として捉え、警察行政の一環として取り扱う国とに分けることができる。前者のように、独自の出入国管理機構を設置しているところでは、出入国管理法令の中に外国人登録に関する規定をも設け、一般に指紋採取を行っており、後者のように独自の出入国管理機構をもたず警察が担当しているところでは、宿泊登録制度、署名による同一人確認制度を設けて外国人管理を行うほか、有効な旅券を所持しない場合、識別可能な署名のできない場合等必要に応じて指紋を採取することとしている。したがって、後者が一般に指紋押なつ制度を採用していなくても、外国人管理面において先進国であるとか、外国人の人権をより尊重する国であるためではなく、単に制度の相異に起因しているにすぎない。

(八)  指紋押なつ制度の代替手段について

ビニールコーティングされた写真といえども貼り替えが可能であることは、自動車運転免許証、パスポートなどの変造事件が散見されることから明らかであり、また、写真による同一人性の確認は、容貌が年齢、髪型等によって変化し、兄弟姉妹間や他人の空似等の事例もあり、さらに、写真うつりという言葉もあるように、写真は撮影の角度、明暗等によって微妙な差が生じるなど、顔写真だけでは万全を期し難いものである。

(九)  憲法一四条違反等の主張について

憲法一四条は、合理的理由による差別を禁止していないものと解されるが、指紋押なつ義務は、前記の理由から、外国人に対し、その入国及び滞在の条件の一つとしてこれを課したものであって、その理由に合理性があることはいうまでもなく、憲法一四条の「差別」にあたらない。

また、国際人権規約の審議過程においても、外国人に対して入国、滞在条件等を設けることのあることは自明のこととして認識されており、外国人に対してある種の政治的又は市民的権利を与えることを拒否することは、国際人権規約B規約二六条の範囲で差別を構成するものではない。

(一〇)  昭和六二年外登法改正について

行政法規が時代の変遷や内外の諸情勢と無縁でありえないことは、論をまたないところであり、過去十数回にわたる外登法の改正もこの例にもれるものではない。現在では、昭和二七年に指紋押なつ制度が導入された当時とは異なり、我が国を取り巻く国際環境は改善され、航空機の大型化による大量高速輸送時代を迎えて国際交流が一層活発化してきており、国内の経済や社会、雇用、治安などの諸環境も安定化しつつある。これに伴い出入国管理をめぐる内外の諸情勢も、全体としてみれば徐々に改善の方向に向いつつあるということができる。しかし、他面、不法入国者、不法在留者は依然としてその跡を絶たず、不法入国者についても昭和六一年に増大する傾向に転じ、加えるに、不法就労外国人(その多くは入管法二四条四号ロに該当する者である。)がここ数年間激増しており、これらの者が長期在留を画策して登録証明書を不正入手し長期在留者を装うことは十分予想されるところであり、出入国管理の観点からみれば、内外の諸情勢は決して楽観できる状況にはないのである。昭和六二年外登法改正は、以上の我が国の出入国管理を取り巻く国際環境及び国内情勢の観点から、一方では外国人登録の正確性担保の根幹をなし、必要性、合理性を有する指紋押なつ制度を維持することは不可欠であるとの考え方に立ちつつ、他方では在日外国人の指紋押なつ制度に対する負担の軽減を図るため、切替等に際して行われる再度の押なつを緩和しようとする政策的配慮に基づく結果である。

そこで、昭和六二年改正法は、第一に、既に当該外国人を特定するに足る指紋が確保されている場合で、かつ登録されている者と申請者との同一人性が指紋によらないでも確認可能な場合には、申請に際して登録原票及び指紋原紙に再度押なつすることを要しないこととし、第二として、登録証明書に表示する指紋については、これを登録原票又は指紋原紙からの転写に変えることとしたのである。

すなわち、第一について、昭和六二年改正法一四条一項は、一六歳以上の外国人は、新規登録、登録証明書の引替交付若しくは再交付又は確認の申請をする場合には、登録原票及び指紋原紙に指紋押なつしなければならないとし、五項は、一項等の規定は、これらの規定により指紋を押なつしたことのあるものには適用しないのを原則とするが、

① 登録されている者と登録証明書の引替交付若しくは再交付又は確認の申請にかかる者との同一人性が指紋によらなければ確認できない場合

② 既に登録原票に押した指紋の指が事故等により欠損している場合

③ 既に指紋を押した登録原票と指紋原紙のいずれもが紛滅失したとき又はこれに押された指紋のいずれもが、き損、汚損又は退色などにより不鮮明となっている場合

のいずれかに該当するとして、市区町村の長から指紋の押なつを命ぜられたときは、この限りでないとしている。右改正により、写真等により同一人性が確認できる場合には、当該申請にかかる外国人に対して再度の押なつを要しないものとして、再度の押なつによる心理的負担を解消することができ、写真の照合その他の方法によっても同一人性が確認できない場合には、再度押なつさせることによって最終的、確定的に同一人性の有無を判定できる道を残し、もって、従前と正確度において大差のない外国人管理を可能としたのである。

また、第二について、昭和六二年改正法一四条八項は、市町村の長は、新規登録、登録証明書の引替交付、若しくは再交付、確認の申請に応じて交付する登録証明書に、当該外国人が登録原簿又は指紋原紙に押した指紋を転写するものと規定している。右改正は、施行規則で定めることを予定している登録証明書のラミネート・カード化とあいまって、転写という手段を用いることにより、登録証明書に直接押なつしなくとも同証明書上に指紋を顕現することを可能とし、これにより、一方で在留外国人に対して登録証明書への押なつによる心理的負担を解消させるとともに携帯の便宜を与え、他方で現行の登録証明書が有している即時的同一人性確認の機能を維持できることとしたものである。

このように、昭和六二年外登法改正によって、指紋の押なつが原則として、一回で足りるとされたのは、①特別の事由がある場合の指紋の(再)押なつ制度の維持、②指紋の登録証明書への転写、③同証明書のラミネート・カード化等の措置により、同一人性の確保が図られることが担保されたため、こうした手当が講じられることにより、二回目以降の指紋押なつを廃止しても、従来の指紋押なつ制度の持つ機能は依然として確保されることとなったものであり、要するに、右改正によって指紋による人物の特定及び同一人性の確認という従来の基本制度に何ら変更はないのであって、その実質的意味において改正前と特段変ることはないのである。

5  一時的海外旅行の自由について

日本国民の一時的海外旅行にあっては、その出国については、憲法二二条の解釈上公共の福祉に反するほか原則として自由であり(旅券法一三条)、帰国についても、日本国民の身分を保有している以上実質的に制限を加えることはできないから、日本国民には一時的海外旅行の自由が保障されているといえる。これに反し、外国人の場合は、その出国については憲法二二条二項により公共の福祉に反する場合のほか原則として自由であるが(最高裁判所昭和三二年一二月二五日大法廷判決・刑集一一巻四号三三七七頁)、再入国については法令によりこれに制限を加えてはならないとする根拠はない。

すなわち、国民は、国家との間に国家の対人主権に服して忠誠義務を負うという身分上恒久的な結合関係を有するものであり、国家の構成員である国民がその国に在住するという関係は憲法以前の問題というべきであり、「自国に帰る権利」は、憲法の保障をまつまでもなく国民固有の権利として認められているものであるが、他方、外国人の在留国に対する関係は場所的な居住関係を根拠とするにすぎないため、外国人は、その在留国を離れることによりその瞬間から在留国の一切の支配(憲法上の保障を含む。)から脱するのである。これを憲法二二条についていうならば、外国人は、我が国に在留してその主権に服している限りにおいては、憲法二二条により国内移住、移転の自由を享有するとともに、外国に移住する場合に限らず日本から出国するについての自由を保障されるものと解されるが、在留外国人であっても外国人としての地位にはいささかの変動もなく、一旦出国して我が国の主権に服さなくなったからには、その者に対し憲法二二条の規定による保障は全く及ばないのである。したがって、在留外国人の一時的海外旅行を終えた後の再入国の場合であっても、一旦我が国から離れた以上、憲法上外国人の新規入国の場合と区別しうるものではなく、「国際慣習法上、外国人の入国の許否は当該国家の自由裁量により決定しうるものであって、特別の条約が存在しない限り、国家は外国人の入国を許可する義務を負わないもの」(最高裁判所昭和三二年六月一九日大法廷判決・刑集一一巻六号一六六三頁)であるから、一時的海外旅行を終了し本邦へ再入国しようとする外国人は、我が国に対して再入国を要求する権利を有しないといわなければならない。

仮に、一時的海外旅行を終了した後の再入国は単なる新規入国とは異なるものであり、出国により中断されていた出国前の在留を継続するための手続であると解する余地があるとしても、そもそも、憲法上外国人は在留の権利ないし引き続き在留することを要求する権利を保障されているものではない(最高裁判所昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁)から、一時的海外旅行を終了し本邦へ再入国しよとする外国人は、我が国に対してその再入国、つまり、再入国することにより本邦での在留を継続することを要求する権利を有しないといわなければならない。

以上のとおり、憲法二二条は、外国人に対し、その者が日本国に在留してその主権に服している限りにおいては、外国に移住する場合に限らず日本国から出国するについての自由を保障しているが、外国人が日本国に入国(あるいは再入国)するについては何ら規定しておらず、専ら立法に委ねているものと解される。そして、法も、以上述べたように、本邦への出入国に関する日本国民と外国人との本質的差異を踏まえ、諸規定を設けており、出国については、両者に大きな差異はないが、入国については、日本人は、入国審査官から帰国の確認を受ければ足りるとされている(入管法六一条)のに対し、外国人については、有効な旅券を有しなければ本邦に入ってはならず(同三条)、上陸しようとするときは、査証を受けた旅券を所持するか(ただし、査証を不要とする例外の場合はある。)、又は再入国許可若しくは難民旅行証明書の交付を受けている者が上陸の申請をして審査を受けなければならず(同六条)、上陸審査の結果、同七条一項各号に定める上陸のための条件に適合していると入国審査官により認定され、旅券に上陸許可の証印を受けて初めて上陸を許可される(同九条)など、厳しい制限が加えられている。このことは、外国人の入国については、国家の安全保障又は国家及び国民の利益の擁護という観点から主権国家の裁量に委ねられていることを示すものと考えられる。なお、外国人の入国に関する前記の禁止制限については、入管法は外国人の新規入国の場合と在留外国人の再入国の場合とで基本的な差異を設けていない。

また、再入国の許否にかかる処分の性質については、入管法二六条一項が法務大臣は、本邦に在留する外国人(一三条から一八条までに規定する上陸の許可を受けている者を除く。)がその在留期間(在留期間の定めのない者にあっては、本邦に在留し得る期間)の満了の日以前に本邦に再び入国する意図をもって出国しようとするときは、その者の申請に基づき、再入国の許可を与えることができる旨を規定しているように、条文の規定の仕方から、入管法が外国人に対する再入国の許否を行政庁である被告法務大臣の自由裁量に委ねていることが明らかである。

6  本件不許可処分の適法性

原告は、昭和五五年一一月一八日北九州市小倉北区役所において指紋の押なつを拒否したが、原告は右行為が外登法に違反することを十分に承知し、指紋押なつ義務を意図的に行わなかったもので、外登法に違反することはもちろんのこと、指紋不押なつ罪により自由刑に処せられた者は、入管法二四条に規定される退去強制事由に該当するものであり、原告は、例えば、昭和五七年九月一日在日韓国人、朝鮮人の人権獲得闘争全国連合会(代表者原告)が主催した集会に指紋押なつ拒否者五人を参加させ、同集会で、右の五名とともに指紋押なつ拒否について発言し、指紋押なつ拒否が正当であるとしてその実行を呼びかけるなどしたこと、あるいは、他の指紋押なつ拒否者について、その指紋押なつ拒否が正当であるとしてこれを積極的に支援していることなど、同志を糾合し、連帯して外登法に違反し、我が国の外国人登録制度を潜脱する行為は、外国人登録制度の基本的秩序を乱すものであり、ひいては、我が国における外国人の公正な出入国や在留の管理を危うくするものであるから、外国人が滞在国において許される行動の範囲を逸脱した極めて悪質な行為であって、刑事手続の結果を待つまでもなく、在留管理上の規制を受けることは極めて当然であって、恩恵的処分である再入国の許可を与えないこととした被告法務大臣の本件処分に裁量の範囲を逸脱した違法はもとより、何ら不当はないといわなければならない。

原告は、指紋押なつ拒否後も四回再入国許可を受けているが、指紋押なつ拒否直後から北九州市小倉北区長において原告に対して押なつするよう説得を続けていたところ、指紋押なつ制度を含む昭和五七年改正法が成立した後も説得に応じることなく、さらに他の外国人と連帯して指紋押なつ制度反対運動を続ける状況からみて、原告の指紋押なつ拒否の意思は確定的なものと判断し、在留外国人の公正な管理の観点から今後再入国を許可することは適当ではないと判断したものである。

五  被告らの主張に対する認否

1  被告らの主張1ないし5は、いずれも争う

2  同6の事実のうち、昭和五七年九月一日在日韓国人、朝鮮人の人権獲得闘争全国連合会(代表者原告)が主催した集会に、原告が、指紋押なつ拒否者五人を参加させたこと、同志を糾合し、連帯して外登法に違反することを企図して、右集会に集合したことは否認し、その余は争う。

第三  証拠<省略>

理由

第一本件処分の取消訴訟の訴えの利益について

日本NCC人権委員会と韓国NCCとの合同会議に出席するとの理由で本件再入国許可申請書が提出されたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に成立に争いのない乙第五号証及び原告本人尋問の結果を併せると、原告は昭和五七年一一月一日から同月四日までソウル特別市において開催される予定であった日本NCC在日外国人の人権委員会と韓国NCC在日韓国人問題委員会との合同会議に出席することを旅行目的として本件再入国許可申請をしたこと、原告は、右会議で主題講演をする予定であったこと、原告が本件処分によって右会議に出席することが不可能となったため、右会議は延期されたこと及び右会議は翌年三月七日、八日に開催され、原告の主題講演を除いて議事が行われたことが認められるのであって、右認定の事実によれば、原告が右会議に出席するために再入国許可を求める意義は失われ、したがって、本件処分の取消しを求める法律上の利益も喪失したものというべきである。

もっとも、原告本人尋問の結果によれば、右会議で原告がする予定であった主題講演を行うための日本NCC在日外国人の人権委員会と韓国NCC在日韓国人問題委員会との合同会議は後日韓国で開催される予定であることが認められるが、仮に右目的の会議が開催され、それに出席するために原告が韓国に旅行することになったとしても、当初予定された会議の期日から既に六年を経過していることに鑑みれば、右旅行は本件再入国許可申請に係る旅行とは全く別のものであるといわざるを得ず、右旅行のためには原告は改めて再入国許可申請をしなければならないものと解されるところ、右申請については本件処分を取り消す旨の判決の効力は及ばないから、前記事実をもって本件処分の取消しを求める法律上の利益を基礎づけることはできないものといわなければならない。

したがって、被告法務大臣に対して本件処分の取消しを求める訴えは、不適法である。

第二損害賠償請求について

一原告の法的地位及び本件処分に至る経緯について

原告が在日大韓基督教会に所属していること、原告が昭和五七年一〇月二八日被告法務大臣に対し、日本NCC人権委員会と韓国NCCとの合同会議に出席するとの理由で本件再入国許可申請書を提出したこと及び被告法務大臣が、原告が二年前の昭和五五年一一月一八日外登法一一条による登録証明書の切替交付時に、同法一四条所定の指紋押なつを拒否したまま今日に至っていることを理由にして、翌二九日本件処分したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

原告は、昭和五年九月二四日朝鮮平安北道宣川郡において父チオエ・ヒヨグン、母イ・マヨの間に出生した韓国人であり、その後、朝鮮において成長したものであるが、昭和二九年六月ころ日本に勉学のため、不法に入国した。入国後、原告は、大阪市内及び神戸市内などで潜伏居住していたころ、韓国人白章玉名義の外国人登録証明書を不正に入手し、写真を貼り替えて右白章玉になりすまし、同人名義で入管令二六条一項に基づく再入国許可を受け、同三五年一一月に韓国へ一時帰国したことがあったが、昭和四三年九月二四日、当時の下関入国管理事務所に出頭し、自己の不法入国の事実を申告したので、同入国管理事務所において原告につき同二四条一号該当容疑で退去強制手続を進めたところ、原告は、同四四年一一月七日被告法務大臣に対し同四九条に基づく異議の申出をし、被告法務大臣は、同年一二月一二日同五〇条に基づき原告の在留を特別に許可した(在留資格は同四条一項一六号に基づく特定の在留資格及びその在留期間を定める省令(昭和二七年外務省令第一四号)一項三号、在留期間一年)。その後、原告は、本件申請までに七回にわたり在留期間(昭和四九年に三年間に伸張された。)の更新許可を受けている。原告は、その所属している在日大韓基督教会が加盟している日本NCCの宣教奉仕部「在日外国人の人権委員会」の委員であるが、同委員会と韓国NCCの特別委員会である「在日韓国人問題委員会」との合同会議(開催場所:ソウル特別市、当初予定開催日:昭和五七年一一月一日から四日)である本件会議に出席するために同年一〇月二八日被告法務大臣に対し本件再入国許可申請書を提出したところ、被告法務大臣は、原告が二年前の昭和五五年一一月一八日外登法一一条による外国人登録証明書の切替交付時に同法一四条所定の指紋押なつを拒否したまま今日に至っていることを理由にして、翌二九日本件処分をした。

二指紋押なつ制度が憲法一三条、国際人権規約B規約七条に違反するとの原告の主張について

被告法務大臣がした本件処分は、原告が外登法所定の指紋押なつを拒否したまま現在に至っていることを理由としているところ、原告は、外登法所定の指紋押なつ制度は憲法一三条、国際人権規約B規約七条に違反するから、指紋押なつ義務違反を理由とする本件処分は違法である旨を主張するので、以下、指紋についての憲法的保障及び指紋押なつ制度が違憲、違法であるとする原告主張の根拠について、順次検討する。

1  みだりに指紋押なつを強制されない自由と憲法一三条

憲法一三条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しており、これは、国民の私生活上の自由が、国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる。ところで、指紋は、万人不同、終生不変の身体的特徴で、個人を識別する上で最も確実な手段となりうるものであるから、その情報は本来各個人の自由な管理にゆだねられるべきものであり、犯罪捜査上重要な役割を果してきた指紋の押なつを強制されると、指紋を採取された人間は犯罪者扱いされたような不快感、屈辱感を抱くことを勘案すれば、人は、個人の私生活上の自由の一つとして、承諾なしにみだりに指紋押なつを強制されない自由を有するものというべきであり、国家権力が正当な理由がないのに指紋の押なつを強制することは、憲法一三条の趣旨に反し許されないものといわなければならない。そして、憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としているものを除き、外国人固有の法的地位に基づく制約によってその保障の程度に実際には相違が生じうるとしても、国民に対するのと同様に我が国に在留する外国人に対しても及ぶものと解すべきであるから、憲法一三条によるみだりに指紋の押なつを強制されない自由の保障は我が国に在留する外国人にも及ぶものと解するが相当である。

しかしながら、個人の有する自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけではなく、公共の福祉のために必要がある場合には相当の制限を受けることは憲法一三条の規定に照して明らかである。そこで、外国人に指紋押なつの義務を課している外登法の規定する指紋押なつ制度が、公共の福祉のため必要があり憲法一三条に違反するものではないといえるか否かについて検討する。指紋は、通常衣服に覆われていない部位である指先の体表の紋様であって人目に触れうるものであり、指紋の形状は人の身体的あるいは精神的特徴とは結びついていないものであるから、指紋を知られることそれ自体によって人が私生活の自由の一内容として秘密にしておきたい個人の私生活の在り方、思想、信条等が知られるものではなく、指紋押なつ自体には、犯罪者扱いされる屈辱感等の精神的苦痛が伴うことを別にすれば、肉体的弊害もほとんどないといえるから、国家が指紋を採取、保有及び使用するのは、正当な行政目的を達成するために必要かつ合理的である限り、憲法の許容するところといわなければならない。したがって、指紋押なつ制度の合憲性を審査するに当たっては、同制度が正当な行政目的を達成するために必要かつ合理的であるか否かを審査することが必要であり、かつ、それをもって足りるというべきである。

原告は、みだりに指紋押なつを強制されない自由が、表現の自由、政治活動の自由にかかわる精神的自由に属する権利であることを前提に、指紋押なつ制度の合憲性審査が前記のものでは足りず、人権制約立法の採る手段がその立法事実に照して必要にしてやむをえない最小限度のものかどうかという審査基準、あるいは、立法目的を達成する、より制限的でない他の選びうる代替手段があれば違憲であるという審査基準で審査されるべきである旨を主張する。確かに、採取された指紋が個人の一般的行動調査などに転用されれば、私生活の自由いわゆるプライバシーの侵害の危険があることは否定できないところであるが、しかしながら、右の危険は、採取された後の指紋の保管あるいは使用等の問題であり、右のような危険があることから直ちに、みだりに指紋押なつを強制されない自由自体が精神的自由に属する権利であるということができないことは明らかであり、また、精神的自由に属する権利と同じ合憲性審査基準で審査すべきであるということもできないから、原告の右主張は採用することができない。

2  指紋押なつ制度の概要

外登法は、「本邦に在留する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資することを目的とする」(同一条)ものであり、同法一四条は、日本に一年以上在留する一四歳以上(昭和五七年改正法によれば一六歳以上)の外国人は新規登録申請をする場合及びその後における登録証明書の切替交付申請をする場合(切替期間・三年毎、同改正法によれば五年毎)、あるいは、この間において著しくき損、汚損した登録証明書の引替交付、紛失盗難、滅失による登録証明書の再交付の各申請をする場合には、登録原票、登録証明書及び指紋原紙二葉(同改正法によれば一葉)に指紋を押なつしなければならないと定めている。ここにいう指紋とは、手指(原則として、左手人指し指)の第一関節を含む指頭掌側面における表皮の隆起した線で構成される紋様をいう(外登法の指紋に関する政令二条)。指紋押なつの方法については、市区町村の事務所に備えつける用具(指紋用インキ及び指紋押なつ器―外国人指紋押捺規則一条)を用いて手指の第一関節を含む指頭掌側面で、指頭を回転しながら押さなければならないと定められている(回転指紋―同政令同条。昭和六〇年政令第一二五号による改正後はいわゆる平面指紋)。外登法一四条の規定に違反して指紋の押なつをせず、又はこれを妨げた者は一年以下の懲役若しくは禁錮又は三万円以下の罰金に処する旨の厳しい罰則を定め(外登法一八条一項八号。昭和五七年改正法によれば、一年以下の懲役若しくは禁錮又は二〇万円以下の罰金。)、懲役又は禁錮及び罰金を併科できる旨も規定している(同条二項)。

3  外国人登録及び指紋押なつ制度の行政目的の正当性について

およそ、国家は、国際慣習法上外国人を受け入れる義務を負っているものではなく、特別の条約があるときを除き、外国人を受け入れるか否か、また、受け入れる場合にいかなる条件を課すかについて自由に決定する権限を有しており、我が国の憲法もこのことを当然の前提としていると解される。したがって、我が国は、憲法上、外国人の入国及び在留に関し管理を行う広範な権限を有するものというべきであり、その管理の前提として、我が国に在留するすべての外国人について、その個別性、在留資格、居住地等を明瞭確実に把握することが必要であるところ、外国人登録制度の目的はまさにこの前提を整えることにあるものであるから(外登法一条参照)、同制度は正当な行政目的を有するものというべきである。そして、我が国に在留する外国人を個別的に明確に把握するために個々の外国人について外国人登録を実施する以上、まず、個人を正確に特定した上で登録し、次に、登録された特定の個人の同一人性を登録上保持し、さらに、現に在留する外国人と登録上の外国人との同一人性を確認できるようになっていることが必要であるが、指紋押なつ制度はまさに右の必要性に答えることを目的としているというべきであるから、指紋押なつ制度の行政目的もまた正当なものであることは明らかである。

4  指紋押なつ制度の必要性、合理性

外国人登録行政は、前記とおり公正な在留管理に資するため身分関係及び居住関係を明確にしようとするものであるところ、原本の存在及びその成立につき争いのない乙第九号証、証人黒木忠正の証言及び弁論の全趣旨によれば、外国人の身分関係は、通常、当該外国人が所持する旅券により確認することになるが、我が国に在留する外国人には、旅券を所持しない者が多く、中には、旅券がないまま入国し、不法入国者として退去強制手続を受けた後に在留を特別に許可された者や、偽造、変造の旅券を所持している者もいること、外国人の身分関係把握において、日本国民と異なるところは、原始的身分関係の把握に関する記録が我が国の行政機関において直接追跡できない外国にあることが認められるのであって、右事実に照らすと、我が国において独自に在留外国人を特定し、同一人性を確認できる手段となり、入国する外国人による偽名や、我が国の行政機関が関与できない地域における変名等が行われたとしても、それに堪えうる特別の制度を設ける必要が生じるということができるが、個々人を正確に特定し、同一人性を識別する手段としては、指紋は、万人不同、一生不変という特性を有する最も確実な手段であり、殊に、鮮明な回転指紋の照合は、二つの指紋を肉眼で対照することにより同一性を確認することが可能であり、仮に肉眼による照合で同一性を確認できない場合でも、専門的鑑定によってその同一性を最終的に科学的に確認することができるのであるから、指紋押なつ制度は我が国における外国人登録の正確性と継続性を担保するための手段として必要な制度であるということができる。

そして、外登法上の指紋押なつ制度は、前記のとおり一指についてのみその表層にある指紋の押なつを、有形力をもって直接的に強制するのではなく、刑罰をもって間接的に強制しているにすぎず、手段としても相当なものであるというべきであって、前記の指紋の特性と併せ考えれば、指紋押なつ制度は前記の行政目的を達成するための手段として合理的であるというべきである。

5  指紋押なつ制度は憲法一三条、国際人権規約B規約七条違反であるとする原告主張の根拠について

ところで、原告は、指紋押なつ制度が憲法一三条、国際人権規約B規約七条に違反することの根拠について、種々主張するので、以下順次検討する。

(一) 外登法の行政目的が不当であるとの主張について

原告は、現行外登法の前身である外登令は占領下における朝鮮人及び台湾人管理のための基本法令で、治安立法の一環として制定されたものであり、外登法もまた治安的観点から朝鮮人及び台湾人を管理の対象とするものであり、また、指紋押なつ制度を採用したのは、在日韓国人、朝鮮人の取り締まりに資するためである旨を主張する。

原告の主張する「治安立法」あるいは「治安的観点」が具体的に何を意味するのかは必ずしも明らかでなく、したがって、原告の右主張が、「在留外国人の公正な管理」という外登法の文言上の行政目的及び右目的達成の手段としての外国人の特定及び同一人性確認という指紋押なつ制度の行政目的は、いずれも実際の目的とは異なるもので、実際の行政目的そのものが不当ないし違法であるとの主張まで含むものかは必ずしも明らかではないが、<証拠>によれば、昭和二二年一二月末現在の外国人登録人員は、六三万九八五八人であり、そのうち、韓国人、朝鮮人が五九万八五〇七人であること、昭和二七年一二月末現在の同人員は、五九万三九五五人であり、そのうち韓国人、朝鮮人が五三万五〇六五人であること、昭和五九年一二月末現在の同人員は、八四万一八三一人であり、そのうち、韓国人、朝鮮人が六八万〇七〇六人であることが認められるから、外国人登録の対象となる者の多くが在日韓国人、朝鮮人であるということができるが、しかしながら、外登法の適用の対象が韓国人、朝鮮人に限られてはいないことは、法文上明らかであり、その運用として同法が韓国人、朝鮮人にのみ適用されていると認めるに足りる証拠はない。したがって、外登法及び指紋押なつ制度の各行政目的が前記二、3で判示したとおりのものでないということはできず、原告の主張は失当である。

また、原告は、出入国の管理と外登法の目的である在留管理は、その性質、目的を異にする法領域であり、後者の業務によって前者の目的を達成しようとすることは両者を混同するものであって、法的には認め難い論である旨を主張する。

しかしながら、我が国において、入管法はすべての人の出入国の公正な管理を目的とし、また、外登法は在留外国人の居住関係と身分関係とを明確にさせて在留外国人を公正に管理することを直接の目的としているが、不法入国者が不正登録をすれば在留外国人の公正な管理に支障を来すことは明らかであり、在留資格を有しない者の不法在留を防止して不法入国者の不正登録等を防止することは、外国人登録制度自体の問題ではあるが、他方、これによって不法入国を防止し、出入国管理に間接的に寄与する機能を有することにもなるわけであって、両法あいまって外国人の公正な管理に万全を期しているものと解されるのであるから、外登法の目的を達成することによって、外国人の出入国の公正な管理に資することになっても、何ら問題はないというべきであるのみならず、もともと、外登令は外国人の出入国管理制度と外国人登録制度の双方を規定していたものであり、平和条約発効の前後に、一方で出入国管理制度を整備するために昭和二六年一〇月四日政令第三一九号として入管令が施行され、他方で外国人登録に関して昭和二七年四月二八日法律第一二五号として外登法が施行されたのであって、両者あいまって外国人管理の公正を図ることは、その沿革からも当然予定されているところというべきであるから、原告の主張は失当である。

(二) 指紋押なつ制度が警察の取締り、犯罪捜査に利用されているとの主張について

<証拠>によれば、少なくとも昭和五三年四月一日から昭和五七年三月三一日までの間、新宿区役所の区民部住民課外国人登録係では、官公庁からの公文書による外国人の身分事項の照会の大半は警察署からのものであり、警察署から公文書による照会として外国人登録原票の写しの送付を依頼された場合は、原票の表裏ともに電子コピーで複写して送付しており、原票に押なつされた指紋を除外する取扱いはしていなかったこと、警察官が原票を閲覧するため直接区役所に来訪した場合は、閲覧部で原票を自由に閲覧し、メモをとる等していたが、警察官のこのような行為に対し区役所としては特に制限していなかったこと、また、少なくとも昭和五六年四月から昭和五八年一一月ころまでの間、世田谷区役所の戸籍課外国人登録係でも、警察署から捜査関係事項照会書として外国人登録原票の写しの送付を依頼された場合は、原票の表裏ともに電子コピーで複写して送付しており、原票に押なつされた指紋を除外する取扱いはしていなかったこと、同区役所でも、警察官が直接区役所に来訪して外国人登録原票を自由に閲覧し、メモをとる等していたこと、昭和五八年一一月二一日付けの朝日新聞に「非公開の外国人登録原票、公安警官が自由閲覧、区職員の証言報告、指紋コピーも入手」との記事が掲載され、その後、警察官が世田谷区役所事務室に来訪し、登録原票を閲覧するということはなくなったが、複数の外国人を特定した捜査関係事項照会書による照会が増加し、世田谷区は指紋部分を除いた原票のコピーを送付するようになったこと、昭和五七年三月八日付け都道府県知事宛の入管局長通達(法務省管登第一四八八号)「外国人登録事務取扱要領の改正について(通達)」では「市区町村長は、司法警察職員等の公務員から法令の規定に基づき原票の閲覧請求、原票の写しの交付請求、その他登録事項についての照会があった場合は、これに応じるものとする。」とされており、特に指紋部分を除外する指示は具体的にはされていないこと、以上の事実が認められる。

しかしながら、<証拠>によれば、昭和五八年一一月二一日付けの朝日新聞の前記記事等の指摘に対して、入管局登録課長は、登録事項の照会に対しては取扱要領を徹底するよう都道府県を指導したこと、さらに、五・一四通達で、入管局長は都道府県知事に対し、関係機関等からの照会に対して登録原票の写しを交付することによって回答を行う場合には、指紋欄の指紋の複写されていない写しを作成するように指示していること、法務省も、密入国事犯、外国人登録証明書の不法入手事犯等にかかる照会で、外国人の同一人性を確認し、身分事項を確定するため特に指紋を必要とするときを除いては、法令上の規定に基づく場合であっても指紋の照会には応じないこととしていること、以上の事実が認められる。右によれば、少なくとも一部の市区町村において、昭和五八年一一月ころまでの間、保管中の登録原票の指紋押なつ欄を含め警察官が自由に閲覧することを黙認し、あるいは、登録事項の照会に対して指紋欄も含めて原票の写しを送付する取扱いをしていたものであって、個人の情報の保護の重要性に対する配慮が必ずしも十分でなく、その間右指紋が一般的な犯罪捜査に利用されていた可能性を否定することはできないところであるが、しかしながら、右の取扱いはその後是正されていることが認められるから、右事実をもって、直ちに、指紋押なつ制度の目的が、犯罪捜査のためであると認めることはできないのであって、右のような制度本来の目的を逸脱する不当な指紋の取扱いがあったことをもって、指紋押なつ制度の目的そのものが正当性を欠くということはできないものというべきである。

(三) 指紋押なつ制度採用当時の不正登録防止の必要性は消滅したとの主張について

原告は、外登令による外国人登録証明書は四頁の簡単なものであり、当時は外国人登録証明書により主要食糧、日用品等の配給がなされていたため、当時の社会状況の下では二重登録や幽霊登録が多数誘発されたが、現在では右状況は消滅しているから、指紋押なつ制度の必要性は消滅している旨を主張する。

<証拠>によれば、外登法の前身である外登令では指紋押なつ制度は採用されておらず、人物の特定及び同一人性の確認は専ら写真等によって行われていたこと、そのため、二重登録、幽霊登録等の不正登録が続出し、その数が数万人と推定されたほか、他人名義の登録証明書を入手し、写真を貼り替えて名義人になりすますなどの不正も多発していたこと、そこで、昭和二七年外登法の制定に際し新たに指紋押なつ制度を採用することとし、昭和三〇年四月からは実施されたこと、当時の不正登録あるいは不正確な登録の原因は、外国人登録証明書により米などの主要食糧、タバコ、衣類、日用品等の配給がなされていたため、当時の食糧、日用品不足の経済状況のもとでは、二重登録や幽霊登録により不正配給を受給することを狙ったものが多かったことや、外国人登録をするのに、当時は朝鮮人団体による集団登録(代表者による一括申請)や代理申請を認めていたことなどが考えられること、現在では、日用品等の不足、配給制度等の当時の状況は消滅していること、以上の事実が認められる。しかしながら、他人になりすます等の外国人登録証明書の不正入手事件は昭和五五年当時においても存在しており、最近では、不法就労目的の不法入国者が増加し、このような不法入国者がその目的を遂げるため不正な外国人登録を利用する危険性が一層増大していることは、後記のとおりであって、外登法の行政目的である在留外国人の公正な管理を達成するため不正な外国人登録を防止する必要は、昭和五五年当時も現在も依然として存在しているというべきであるから、原告主張の事実をもってしても、指紋押なつ制度の必要性が消滅したということは到底できないものというべきである。

(四) 不法入国者の減少等により指紋押なつ制度の必要性が消滅したとの主張について

原告は、不法入国者の数は年々減少しており、外国人登録上の氏名、生年月日等の訂正申立てのうち、同一人性に疑義のある重要な氏名の訂正は、年間わずかであること等を理由に指紋押なつ制度の必要性はない旨を主張する。

確かに、<証拠>によれば、不法入国検挙者数は、昭和二七年には二九七五件にも上ったものが、年々減少し、昭和四一年には一〇〇〇件を割り、昭和四四年には六八五件となったこと、不法入国者引渡件数は、昭和五三年には七〇三件だったものが、昭和五七年では五六二件となっていること、在留外国人の大多数を占める在留韓国人、朝鮮人は、昭和三九年では68.4パーセント、昭和四四年では72.4パーセント、昭和四九年では75.6パーセント余が日本で生れた二世、三世、四世であること、外国人登録上の氏名、生年月日等の訂正申立てのうち、同一人性識別に重要な氏名の訂正は、年間約二五〇〇件であり、その数は、在留外国人数八〇万二四七七人の0.3パーセント(昭和五七年)であること、登録事項の訂正は、「訂正することに疑義がない場合」と「訂正することに疑義がある場合」とに分れ、前者は、市区町村限りで登録の訂正を行えばよいことになっていること、「訂正することに疑義がある場合」には訂正認定伺として法務省当局の指示を求めることとされているが、その具体的事例としては、「氏名、生年月日のいずれもが原票の記載と著しく相違し、これを訂正することによって表面上全く別人のようになってしまう場合」などが挙げられていること、昭和五六年四月以降昭和六〇年四月までの間、指紋の照合作業により人物の入れ替わりの不正登録が発見された例はないこと、以上の事実が認められるが、右事実をもってしても、在留外国人を管理する前提としてその同一人性を確認する必要がある案件が全くなくなってしまったということができないことは明らかであるのみならず、証人黒木忠正の証言により成立の認められる乙第一九号証によれば、不法入国を理由として退去強制令書の発付を受けた者は、昭和五七年には四二七人、昭和六〇年には二二一人と減少していたものが、昭和六一年には一転四八六人と激増しており、また、不法残留を理由として退去強制令書の発付を受けた者は、昭和四七年には二四九人であったが、それ以降一貫して増加しており、特にこの数年をみてみると、昭和五七年には一七六〇人であったものが昭和六一年には九〇三二人と激増しており、本件処分後の推移をみても、不法入国者、不法残留者が激増していることが明らかであり、後記のとおり、今後とも不法就労目的の外国人の増加が予想されること、さらに<証拠>によれば、昭和四九年以降同五六年まで、毎年二九名ないし七六名の不正登録者が発覚していること、訂正認定伺として法務省当局の指示を求める事案は、昭和五五年以降同五九年まで毎年五五三件ないし九九四件あり、それにより不正登録が右期間の間でも二件ないし一六件判明していること、以上の事実が認められ、原告の主張する数字の減少が、流動的な外国人の不正な入国、在留状況の一時的現象を示すものにすぎないことは明らかであるから、指紋押なつ制度の必要性は昭和五五年当時でさえも未だ消滅していなかったものというべきである。

また、原告は、在留外国人の大多数を占める在留韓国人、朝鮮人は、その約八〇パーセント余が日本で生れた二世、三世、四世であり、原始的身分関係事項に関する記録が、我が国行政機関による直接の追跡が不可能な外国にあるということはないから、指紋押なつ制度の必要性を欠く旨を主張する。

原告の主張する原始的身分関係事項に関する記録が何を指すのか必ずしも明らかではないが、我が国で出生した外国人といえども、その本国機関への登録(日本と同様の戸籍制度を採る国では、出生子の右本国の両親の戸籍への入籍)をもって原始的身分関係が確定されることになるのであり、出生外国人の父母に係る原始的身分関係の把握に関する記録が本国にあるため、その出生子に係る身分事項も、我が国への登録内容をもって絶対視することのできない点で同じというべきであるから、原告の主張はその前提を欠き失当である。

(五) 指紋照合を行っていないこと等により指紋押なつ制度の必要性が消滅したとの主張について

原告は、外国人登録における同一人性の確認は市区町村においては専ら写真を手段として行われ、採取した指紋は全く利用されておらず、法務省においては外登法の予定する各切替年度における指紋原紙の照合は、昭和四九年八月以降一三年間実施されておらず、指紋原紙については昭和四五年を限りに換値分類もしていないから、指紋押なつ制度の必要性、合理性はない旨を主張する。

そこで、指紋押なつ制度の運用の実情をみるに、法務省は昭和四五年以降換値分類作業を中止していること、昭和四九年四月二三日付け法務省管登第三三六一号「指紋原紙に押なつする指紋の省略について」と題する通達は、新規登録の際に押なつした者についてはその後の登録証明書切替時には外登法の定める右指紋原紙への押なつを省略する扱いを指示し、その結果、昭和四九年四月以降二回目以降の指紋押なつ者の指紋原紙の法務省への送付が中止されたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、昭和五七年三月八日付け入管局長通達「外国人登録事務取扱要領の改正について」は、外国人登録事務において、出頭した人間が本人であるかどうかの同一人性の確認は写真などによって行うべきものとしていること、昭和五三年四月一日から昭和五七年三月三一日までの間新宿区役所の区民部住民課外国人登録係を担当していた職員は、右期間同一人性確認のため指紋を使用したことはなく、指紋と指紋の比較対照の仕方についての研修は一切受けていなかったこと、昭和五六年四月から昭和六一年三月三一日までの間世田谷区役所の戸籍課外国人登録係では、指紋から不正登録が発覚したことはなかったこと、指紋の鑑別には専門的知識と経験を必要とすること、市区町村の外国人登録の窓口の担当職員のなかで、指紋の専門的鑑識技術を有する者はほとんどいないこと、市区町村から送付されてくる指紋原紙の整理、分類、保管をする入管局登録課指紋係の職員は、昭和五六年四月当時は一名、昭和五九年三月当時は、係長と職員の二名であり、いずれも指紋の鑑識技術を有する専門家ではないこと、法務省は市区町村の外国人登録課の担当職員に対する年二回の中央研修を行っているが、指紋の照合については、指紋の同一人性確認の簡単なテスト形式のアンケート程度の調査を行っているにすぎないこと、昭和五六年四月から同五九年三月の間、入管局登録課長は、市区町村あるいは法務省における指紋照合の結果外国人登録証明書の偽造、変造が発見されたという報告は受けていないこと、入管局長は、五・一四通達で、「市区町村窓口における指紋照合の励行について」と題して一項を設けて、市区町村長に対し、指紋を肉眼によって照合し、同一性の確認に努めるように指示していること、以上の事実が認められ、右各事実は、多くの市区町村の窓口で、外国人登録証明書の切替交付等の際指紋の照合は行なわれていなかったことを窺わせるものである。

しかしながら、<証拠>によれば、市区町村から送付されてくる指紋原紙の指紋は、切替年度別に登録番号順に整理して保管し、人物の同一人性に疑いの生じた場合の指紋の対比照合あるいは今後送付されてくる同人の二回目以降の指紋原紙との照合の客体として保管されていること、指紋押なつ制度の発足に際し、昭和二〇年代に続出した二重登録や他人名義の登録証明書を不正入手して適法な在留者になりすますなどの不正登録等を発見し防止するため、法務省において登録された外国人の指紋の換値分類を行い、全国から送付される指紋原紙の指紋を紋様によって分類し、これを換値化して厳格な指紋の照合を行い、同一人による二重登録や他人の登録証明書を不正入手した人物の入れ替わり登録等の不正が発見できるようにし、昭和三二年以降同三六年までに合計五六件の不正登録が発見されたこと、換値分類は、同一人が複数の登録をしている二重登録を発見するのに有効であるが、その後二重登録が減少したことや、さらには換値分類には多くの人手が必要であるところ行財政事情等から業務の簡素化を図る必要があったことなどの理由で、昭和四五年以降換値分類作業が中止されたこと(昭和四五年以降換値分類作業が中止されたこと自体は、当事者間に争いがない。)、換値分類の中止そのものは、同一の登録における指紋による同一人性確認には何ら支障を生じないこと、換値分類中止後は、同一人性確認のため市区町村から法務省に送付される指紋原紙を切替年度別に登録番号順に整理、保管し、切替交付、引替交付、再交付等に際して押なつされ送付されてくる二回目以降の指紋原紙の指紋と照合することによって市区町村における同一人性の確認に過誤がないかどうかを再確認(点検)できるようにしたこと、その後、出入国管理業務の業務量の飛躍的増大に伴い出入国管理及び外国人登録の一層の事務の簡素化を図る必要が生じたこと、及び、近い将来において、七回の切替によって用紙が使用済みとなり各市区町村においては不要となる登録原票が法務省に回収され、照合に必要な切替年度毎の指紋が法務省に集められることが予定されていたことから、右の回収される登録原票によって補うことができる指紋、すなわち二回目以降の指紋押なつについては、当分の間、指紋原紙への指紋押なつを省略する行政措置を採り、昭和四九年四月から二回目以降の指紋押なつの指紋原紙を法務省に送付することが中止されたこと、しかし、その後昭和五五年外登法改正によって外国人登録証明書の国外持出しが可能となり、国外での人物入れ替わりの危険が出てきたことや、あるいは、昭和五七年外登法改正により確認申請期間が三年から五年に伸張されたこともあって、三年の場合より入れ替わりの危険性が高くなったことから、登録された外国人の同一人性の確認をより慎重かつ正確に行う必要が生じ、昭和五七年一〇月から二回目以降の指紋押なつについて再び指紋原紙に指紋を押なつさせ、これを法務省に送付させる事務を再開し、以来法務省において、市区町村から送付される指紋原紙によって市区町村における指紋による同一人性の確認に誤りがないかどうかを再確認するための照合を一部については行っていること、以上の事実が認められる。

右認定のとおり、換値分類の中止並びに指紋原紙送付の中止及び復活には相応の理由が存するものであるのみならず、後記のように、写真のみによっては同一人性の判断を迷う場合があり、写真による同一人性の判断には主観性、不確実性が伴うこと、前掲乙第九号証及び証人黒木忠正の証言によって認められる鮮明に押なつされた二個の指紋の映像を対比して、明らかに異なるもの、同一指紋か否か疑問なもの、おおよそ同一指紋といえるものの判別は、専門的知識がなくとも比較的容易にできることに照らすと、写真に加えて指紋を対比照合することによって写真のみによる場合に比べ同一人性の判断の確実性が一段と高くなることは明らかであり、市区町村で同一人性の確定に疑問が残る場合には、指紋を法務省に送付して、専門的な鑑識を利用して同一人性を確認することによって、同一人性を最終的、確定的に判断することができるのであるから、指紋の照合が市区町村の多くの窓口において同一人性確認の手段として必ずしも十分に活用されていない状況があったとしても、指紋押なつ制度が同一人性確認の最も確実かつ最終的手段であることは明らかであり、また、右同一人性の最終的確認をすべての登録外国人について行うかどうか、あるいはそのための体制をどのように講じるかは、そのときどきの不正登録の件数や指紋識別の必要な件数の推移、法務省の人的、物的体制等の諸条件に依存することは否めないところであるから、市区町村の窓口における指紋照合の実態、換値分類の中止、指紋原紙送付の中止及び復活の事実をもって、指紋押なつ制度の必要性が消滅したということはできない。

(六) 原告の主張するより制限的でない方法の存在について

原告は、同一人性の確認方法としては、顔写真が有効であり、現行の外国人登録における同一人性の確認も現実には顔写真のみで行われ、一般に支障を来していないし、容姿の変化による不都合は、登録証明書の切替時ごとに新しい写真の提出を義務づけることによって防止でき(外登法一一条)、顔写真による同一人性の識別は容易で何人も利用でき、登録証明書を写真ごとビニールコーティングするなどの方法により写真の貼り替えによる他人の登録証明書の悪用は防止できる旨を主張する。

原告の右主張が、立法目的を達成するより制限的でない他の選びうる手段があれば違憲であるという審査基準で指紋押なつ制度の合憲性が審査されるべきであるとの主張を前提とするものならば、原告主張の右前提が採用できないことは前記のとおりである。そして、<証拠>によれば、写真は、一見して個人の同一人性を識別できる長所を持つ半面、撮影の方法によっては同一人が別人のように写ることがあり、また、顔形は、髪型、年齢、健康状態等の変化に伴って変り得るものであるのみならず、逆に別人が同一人物のように見えるいわゆる他人のそら似というようなこともあって、見る者の感覚に基づく総合的な判断であることに伴う不確実性を免れないものであり、さらに、貼り替えというような不正が比較的容易に行われうるなどの短所を有するものであること及び写真をビニールコーティングするなどの方法により写真の貼り替えは困難になるが、それが全く不可能になる訳ではないことが認められるのであって、右事実によれば、写真による同一人性判断は主観性、不確実性を伴い、ビニールコーティングなどの方法によって右弱点はなんら除去されるものではないことが明らかである。これに対して、指紋に基づく同一人性の識別は客観的で最終的に最も確実なものであることは前記のとおりであり、貼り替えなどのような同一人性を偽る工作をする余地は実際上ほとんどないというべきである。そうすると、同一人性の識別は、写真と指紋とを併用することによって、容易にかつ確実にすることができるのであって、写真のみを用いる場合と対比して、確実性において質的な差異があるというべきである。したがって、写真は、指紋押なつに代替し得る確実な同一人性確認の手段と認めることはできないものといわなければならない。

(七) 指紋押なつ制度は不正登録防止に有効ではないとの主張について

原告は、外国人の不正登録を意味する登録者数の異常変動は指紋押なつ制度が実施された昭和三〇年には既に終焉しており、いわゆる幽霊登録の防止に多大な効果があったのは一斉切替であって、指紋押なつ制度の導入ではないことは明らかである旨を主張する。

確かに、<証拠>によれば、外国人登録者の数は、外登令実施後、外登令の一部を改正する政令(昭和二四年政令第三八一号)による一斉切替が行われた昭和二五年二月には約五万人、外登法による新登録証明書の引替え交付が行われた昭和二七年一〇月には約三万人とそれぞれ激減したが、昭和二九年一〇月にはほとんど減少していないこと、指紋押なつ制度が導入された後の登録人口の変動をみると、それ以前のような登録人数の大幅な減少はないことが認められるから、一斉切替等は不正登録防止にかなり大きな効果があったことが推定できる。しかしながら、<証拠>によれば、指紋押なつ制度導入後換値分類によって昭和三二年から昭和三六年までに五六件の不正登録が発覚したこと、昭和四九年から昭和五六年までの八年間に合計三四六件の不正登録が発見されているが、これらのうち、三三二件が指紋押なつ制度実施前の昭和二〇年代に不法入国し、他人の登録証明書を譲り受けるなどして不正登録したものであり、その余の一四件は昭和三〇年以降の不正登録事案であるが、これはいずれも不法入国者の子として我が国で出生した者が正規の在留中に他人の登録証明書を入手して同人になりすましていたものであることが認められ、右事実によれば、他人名義の登録証明書を利用した不正登録事案の大半は、指紋押なつ制度導入前の登録証明書を利用している者であるということができる。そして、その原因は、指紋の前記特性を併せ勘案すれば、指紋押なつ制度を採用することにより、それ以前は発見することが困難であった二重登録を指紋照合によって簡単に発見することができること、また、他の登録者になりすますには、押なつされている登録原票上の指紋を原票用紙ごと削って改ざんするか、指紋が似ている登録者を探してその者になりすまして登録証明書の交付を受けなければならないが、前者は改ざんの事実を容易に発見できるし、後者は指紋の相似者を探すことに困難がある上、結局鑑識によって不正を発見されること等の理由で、指紋押なつ制度を実施すること自体が不正登録を防止する大きな抑止力を有するからであると推定することができる。したがって、指紋押なつ制度が不正な外国人登録を防止する効力を有していることは十分に認められるものというべきである。

(八) 指紋押なつ制度を採る国は少ないとの主張について

原告は、指紋押なつ制度をとる国は少ない旨を主張する。しかしながら、外国人管理の方式についての諸外国の立法は、各国の主権の作用として当該国家の自由裁量にかかるものであり、各国はその置かれた国際環境、国内事情等に応じ独自の外国人管理方式を定め、その運用も区々にわたっているというべきであって、諸外国の指紋押なつ制度の採用状況が直ちに我が国の同制度の違憲性を基礎づけることにはならないものというべきである。

6  結論

以上のとおり、指紋押なつ制度は、正当な行政目的を達成するため必要かつ合理的な制度であって、みだりに指紋押なつを強制されない自由を侵害するものということはできず、また、通常衣服で覆われていない部位にある一指の指紋押なつを、有形力をもってではなく刑罰をもって間接的に強制することは、人の品位を傷つける取扱いをするものではないというべきである。したがって、指紋押なつ制度を定める外登法一四条一項、一八条一項の各規定が憲法一三条、国際人権規約B規約七条に違反するとの原告の主張は、採用することができない。

三指紋採取は国際人権規約B規約二六条、憲法一四条に違反するとの主張について

原告は、国際人権規約B規約二六条の法の前の平等の規定は「すべての者」に対する平等の保護を規定しており、「外国人」を差別する法律の規定や法の執行は本条に違反して許されないし、日本国憲法一四条一項の趣旨は当然に外国人にも類推されるべきものと解されているところ、日本における定住外国人の大部分を構成する在日韓国人、朝鮮人の歴史的経緯及び現在の生活実態からすれば、外登法上の指紋採取制度は、明らかに外国国籍を有するというだけで他の住民から在日韓国人、朝鮮人を差別するものであり、法の下の平等の原則に違反するものである旨を主張する。

憲法一四条一項は、「すべての国民」は法の下に平等である旨を規定しており、右規定の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推適用されるものと解すべきであるが、しかしながら、各人には種々の事実関係上の差異が存するものであるから、法規の制定又はその適用の場面において、右のような事実関係上の差異から生じる不均等が起こることは免れ難いところであって、その不均等が一般社会通念上合理的な根拠に基づき必要と認められるものである場合には、これをもって憲法一四条の法の下の平等の原則に違反するものではないというべきである。

国民の居住関係及び身分関係を明確にすることを目的とする住民基本台帳法及び戸籍法が指紋押なつ制度を採用しておらず、本邦に在留する外国人の居住関係及び身分関係を明確にすることを目的とする外登法が指紋押なつ制度を採用していることは、法文上明らかである。ところで、日本国民は国籍によって我が国に結びつけられ我が国の構成要素をなす者であるが、外国人は我が国の構成要素をなす者ではなく、前記のとおり、国家は、国際慣習法上外国人を受け入れる義務を負っているものではなく、特別の条約があるときを除き、外国人を受け入れるか否か、また、受け入れる場合にいかなる条件を課すかについて自由に決定する権限を有しているから、日本国民は、我が国に居住する権利を保障されているが、他国は日本国民を受け入れる一般的義務はなく、日本国民は他の国に居住する権利を保障されているものではないのであり、また、逆に、外国人は、憲法上我が国に入国し在留する権利を保障されているものではないのである。我が国がその主張の及ぶ者を管理するに当たり、我が国とその者との基本的な関係を確実に把握する必要があるが、日本国民については、戸籍に記載される者を国籍を有する者に限り、かつ、国籍のある者をすべて戸籍に記載することとする戸籍制度を設けて、出生、死亡、婚姻などの個人の身分関係だけではなく、国家と国民との法的関係である国籍関係を明確ならしめることとし、これと並んで、住民に関する記載を正確にかつ統一的に行うに住民基本台帳を設けているのに対し、外国人については、外国人登録制度を設けて、外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめようとしているのである。そして、指紋押なつ制度を日本国民の場合について設けていないのに、外国人の場合について設けているのは、日本国民の場合、日本国民であることが明らかな限り我が国に入国し、在留する当然の権利を有するのであるから、入国及び在留の観点からは、それ以上にその同一人性を確認する必要がないのに対し、外国人の場合は、外国人であることが明らかであるだけでは足りず、入国又は在留する資格を有する者であることを具体的に確定しなければならないものであるところ、外国人の場合には、氏名、生年月日その他の身分事項が我が国にとって明確でないことが多く、また、一般的にみる限りその在留期間は短く、係累が少ないなど我が国への密着度が少ないので、同一人性の確認には困難が伴うからであり、また、仮に、外国人に関して指紋押なつ制度を設けないとすれば、我が国に在留する資格のない不法入国者、不法残留者等の外国人が在留資格のある外国人になりすますことが、日本国民になりすますことに比べれば格段に容易になるからであるというべきである。したがって、在留外国人に対してのみ指紋押なつ制度を設けることには十分な合理性があるものといわなければならない。

そして、原告のように、長期間日本に在留し、家族とともに生活している外国人の場合であっても、我が国との関係は日本国民の場合とは基本的に異なる者であることは前記のとおりであり、また、我が国に長期にわたり在留する者殊に在日韓国人、朝鮮人の中には、我が国の社会との密着度が日本国民に近い者がいることは公知の事実であるが、いかなる者を定住外国人としてその余の外国人居住者と区別して取り扱うか、右の定住外国人についてその居住関係及び身分関係を明確にするためどのような制度を設けるかは、国内事情、国際情勢、技術的制約等諸般の事情を斟酌して立法府が行う合理的裁量に委ねられているものというべきであり、外国人の我が国への密着の程度は、各個人によって異なる上、個別的な事情である密着の程度を簡易、明確に区別し判断することは極めて困難であるから、その密着の程度により、外国人登録の取扱いを個別的に変えることには行政の効率的運営上甚だしい困難が予想されることをも併せ勘案すれば、いわゆる定住外国人とその余の外国人を区別することなく、国籍の有無によって日本国民と外国人とを区別し、在留外国人に一律に指紋押なつ制度を適用している外登法が、立法府の裁量を越えて定住外国人と国民とを合理的根拠がないのに差別的に取り扱うものであるということはできない。

したがって、指紋押なつ制度を日本国民の場合に設けないで、外国人の場合について設けていることは、合理的な根拠に基づき必要と認められるのであり、また、外登法が、いわゆる定住外国人とその余の外国人とを区別することなく外国人に一律に適用すべきものと規定していることをもって、いわゆる定住外国人と日本国民を合理的根拠がないのに差別的に取り扱うものであるということもできないから、これをもって、法の下の平等の原則に違反するものであるということはできず、外登法一四条一項、一八条一項八号の各規定が憲法一四条、国際人権規約B規約二六条に違反するとの原告の主張も、採用することができない。

四指紋押なつ制度が仮に合憲であるとしても、外登法一四条一項は違憲であるとの主張について

原告は、一律に二回目以降の指紋押なつを強制する外登法一四条一項の指紋規定は、仮に指紋押なつ制度自体が合憲であったとしても、人権に対する過度に広範囲な規制として違憲無効であると主張し、その根拠として、昭和六二年外登法改正は、二回目以降の指紋について、同一人性が指紋によらなければ確認できない場合等個別の事由のあるときにのみ、これをさせることとし(同法一四条五項但書)、従前一律に全員について二回目以降の押なつをさせていた制度を廃止した(同法一四条五項本文)ことなどを挙げているので、以下検討する。

昭和六二年改正法は、第一に、一四条一項において、一六歳以上の外国人は、新規登録、登録証明書の引替交付若しくは再交付又は確認の申請をする場合には、登録原票及び指紋原紙に指紋押なつしなければならないとし、同条五項において、一項等の規定は、これらの規定により指紋を押したことのあるものには適用しないのを原則とするが、

①  登録されている者と登録証明書の引替交付若しくは再交付又は確認の申請にかかる者との同一人性が指紋によらなければ確認できない場合

②  既に登録原票に押した指紋の指が事故等により欠損している場合

③  既に指紋を押した登録原票と指紋原紙のいずれもが紛滅失したとき又はこれに押された指紋のいずれもが、き損、汚損又は退色などにより不鮮明となっている場合

のいずれかに該当するとして、市町村の長から指紋の押なつを命ぜられたときは、この限りでないとしたものであり、要するに、既に当該外国人を特定するに足る指紋が確保されている場合で、かつ、登録されている者と申請者との同一人性が指紋によらないでも確認可能な場合には、申請に際して登録原票及び指紋原紙に再度押なつすることを要しないこととし、また、第二に、同法一四条八項において、市町村の長は、新規登録、登録証明書の引替交付、若しくは再交付、確認の申請に応じて交付する登録証明書に、当該外国人が登録原簿又は指紋原紙に押した指紋を転写するものと規定し、登録証明書に表示する指紋については、これを登録原票又は指紋原紙からの転写に変えることとしたものである。そして、<証拠>によれば、右改正は、現在では、指紋押なつ制度が導入された昭和二七年当時と異なり、我が国を取り巻く国際環境が改善され、航空機の大型化による大量高速輸送時代を迎えて国際交流が一層活発化してきており、国内の経済や社会、雇用、治安などの諸環境も安定化しつつあり、これに伴い出入国管理をめぐる内外の諸情勢も、全体としてみれば、徐々に改善の方向に向いつつあるということができるが、他面、不法入国者、不法在留者は依然としてその跡を絶たないのみならず、むしろ不法入国者については昭和六一年に増大する傾向に転じ、加えるに、不法就労外国人(その多くは入管法二四条四号ロに該当する者である)がここ数年間激増しており、これらの者が長期在留を画策して登録証明書を不正入手し長期在留者を装うことは十分に予想されるところであり、出入国管理の観点からみれば、内外の諸情勢は決して楽観できる状況にはないという我が国の出入国管理を取り巻く国際環境及び国内情勢の観点から、一方では、外国人登録の正確性担保の根幹をなし、必要性、合理性を有する指紋押なつ制度を維持することは不可欠であるとの考え方に立ちつつ、他方では、在日外国人の指紋押なつ制度に対する負担の軽減を図るため、切替等に際して行われる再度の押なつを緩和しようとする政策的配慮に基づく結果であり、右改正により、第一に、写真等により同一人性が確認できる場合には、当該申請にかかる外国人に対して再度の押なつを要しない者として、再度の押なつによる心理的負担を解消することができ、写真の照合、その他の方法によっても同一人性が確認できない場合には、再度押なつさせることによって最終的、確定的に同一人性の有無を判定できる道を残し、もって、従前と正確度において大差のない外国人管理を可能としたものであり、第二に、施行規則で定めることを予定している登録証明書のラミネート・カード化とあいまって、転写という手段を用いることにより、登録証明書に直接押なつしなくとも同証明書上に指紋を顕現することを可能とし、これにより、一方で在留外国人に対して登録証明書への押なつによる心理的負担を解消させるとともに携帯の便宜を与え、他方で現行の外国人登録証明書が有している即時的同一人性確認の機能を維持できることとしたものであることが認められる。

以上によれば、昭和六二年外登法改正が可能になった条件は、我が国を取り巻く国際環境の改善、国内の諸環境の安定化に伴い、出入国管理をめぐる内外の諸情勢が、全体としてみれば、徐々に改善の方向に向いつつあったこと及び指紋の登録証明書への転写及び登録証明書のラミネート・カード化等の技術的措置が可能になったことの二つであることが認められる。

そして、前記のとおり、みだりに指紋押なつを強制されない自由を保障されている以上、原則として二回目以降の指紋押なつを省略する昭和六二年改正法の扱いが、指紋を二回以上採取されないという意味で、指紋を押なつするということに伴う屈辱感等の心理的苦痛を少しでも軽減するという人権尊重の観点から、望ましい法制度であることはいうまでもないところであるが、既に一回指紋を採取され指紋の内容を知られている者に再度指紋の押なつを求めたとしても、個人情報としての指紋を秘匿しておくという利益を新たに奪うことにはならないから、その意味で、既に指紋を採取されている者が指紋を二回以上採取されない自由は、指紋を一切採取されない自由に比べると、憲法保障の程度がより低い権利、すなわち、公共の福祉による制約をより大きくうける権利であるというべきであり、指紋押なつ制度は、登録された指紋と当該人物の指紋を照合することによって同一人性を確認することを中核とする制度であって、これが前記のとおり合憲と解されるものである以上、指紋を採取した後の同一人性確認の方法は、外国人の出入国、在留をめぐる状況、国際情勢、国内情勢、技術的条件、人的物的諸条件等を踏まえた上で決定される立法府の裁量事項であるというべきである。したがって、再度の指紋押なつを義務づける外登法一四条一項の規定が違憲であるというためには、本件処分の理由となった原告の指紋押なつ拒否の時期である昭和五五年一一月ころまでに、昭和六二年改正法の内容の確認方法で指紋押なつ制度の目的を達成することができるための前記諸条件が既に整い、かつ、立法府が右改正法の内容と同じ内容の改正を行うための合理的期間が経過し、右内容の法改正を右の時期以前に行うことが十分可能であったのにもかかわらず立法府がこれを殊更放置していたと明らかに認められることを要すると解されるところ、本件各証拠に照しても、昭和五五年一一月当時に、前記の諸条件がすべて整っていたと認めることはできないのみならず、外登法は、内外の諸情勢、諸条件を踏まえて、昭和二七年から同五五年まで数回にわたり改正され、その後も昭和五六年、同五七年と度重なる改正がなされており、立法府が殊更法改正を怠っていたという状況も認めることができないから、外登法一四条一項の規定が違憲であるということはできないものというべきである。

したがって、指紋押なつ制度自体が合憲であったとしても、外登法一四条一項は、人権に対する過度に広範囲な規制として違憲無効であることを前提とする原告の主張は、採用することができない。

五渡航の自由を侵害する本件処分が違法であるとの主張について

1  憲法に定める渡航の自由

憲法二二条二項に規定する外国へ移住する自由には、日本国民が一時的に海外渡航する自由すなわち海外旅行の自由を含むものと解されるが、海外旅行の自由は、当然のことながら出国の自由のみならず、帰国の自由が保障されていることを前提とするところ、日本国民の海外旅行と在留外国人の海外旅行とを比較すると、両者はその性質を全く異にし、憲法二二条二項には、在留外国人の海外旅行の自由、すなわち再入国の自由は含まれていると解することはできないというべきである。

すなわち、国民が国家の構成員である以上、国民がその国に在住するという関係は憲法で保障する以前の問題であり、出国した国民が「自由に帰る権利」は、国民固有の絶対的権利として認められているものであるのに対し、他方、在留外国人の場合は、我が国への帰国(再入国)は、前記のとおり、国際慣習法上、外国人の入国の拒否は当該国家の自由裁量により決定しうるものであって、特別の条約が存在しない限り、国家は外国人の入国を許可する義務を負わないものであるから、国際慣習法上、国家は原則として外国人の入国を自由に規制することができるとされていることに鑑み、当然権利として保障されているということができないものであり、したがって、日本国民にとっては、帰国が絶対的権利として保障されている海外旅行であっても、在留外国人にとっては、それは、あくまでも、当該外国人にとっての外国である日本からの出国と、権利としては保障されずあるいは規制されることがあるかもしれない日本への再度の入国というべきものであって、日本を祖国とする日本国民の一時的海外旅行とは、その本質を全く異にするものであるといわなければならない。換言すれば、我が国への出入国に関する限り、我が国を祖国とする日本国民と外国を祖国とする外国人の間には、法律上本質的でかつ決定的な差異があるものというべきであり、在留外国人の海外旅行の自由を日本国民のそれと同一に論じることはできないものというべきである。このように、在留外国人の海外旅行の自由は、日本国民のそれと本質的に異なるものであり、憲法二二条二項の規定が、このような両者の本質的差異を越えて、特に在留外国人の海外旅行の自由まで保障したものと解する根拠はないから、在留外国人の海外旅行の自由は、憲法上は保障されていないものといわなければならない。

仮に、一時的海外旅行を終了した後の再入国は単なる新規入国とは異なるものであり、出国により中断されていた出国前の在留を継続するための手続であると解する余地があるとしても、そもそも、憲法は、外国人は在留の権利、ないし、引き続き在留することを要求する権利を保障しているものではない(最高裁判所昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁)から、一時的海外旅行を終了し我が国へ再入国しようとする外国人は、我が国に対して再入国することにより我が国での在留を継続することを要求する権利を有しないといわなければならない。

そして、以上のことは、我が国を祖国とする日本国民と外国を祖国とする外国人との差異から生ずるものであるから、原告の主張するいわゆる定住外国人についても、それが外国人である以上、当然に妥当するものというべきである。

以上のとおり、憲法二二条二項は、定住外国人を含む外国人に対し、その者が日本国に在留してその主権に服している限りにおいては、外国に移住する場合に限らず日本国から出国する自由を保障しているが、定住外国人を含む外国人が日本国に入国あるいは再入国するについては、何ら規定しておらず、専ら立法に委ねているものと解される。

2  再入国許可処分の性質及び裁量権の範囲

そこで、次に、入管法二六条によって定められた被告法務大臣の再入国許可処分の性質及び裁量権の範囲について検討する。

入管法二六条一項は、被告法務大臣は、本邦に在留する外国人がその在留期間の満了の日以前に本邦に再び入国する意図をもって出国するときは、法務省令で定める手続により、その者の申請に基づき、再入国の許可を与えることができる旨を規定しているが、この入管法二六条以外には、同法上、被告法務大臣の再入国許可処分の処分要件ないし裁量の範囲を定めた規定はない。ところで、入管法上定められた外国人の入国制度についてみると、外国人は有効な旅券を所持しなければ本邦に入ってはならず(入管法三条一項)、外国人は上陸しようとする際には、新規入国の場合は、有効な旅券で日本国領事館等の査証を受けたものを所持しなければならない(同六条一項本文)が、再入国の許可を受けている場合には、所持している旅券に日本国領事館等の査証を必要とせず(同項但書)、また、新規入国、再入国双方の場合とも入国審査官に対し上陸の申請をして、上陸のための審査を受けなければならない(同条二項)とされている。入国審査官は、審査(同七条)の結果、所持する旅券等が有効で申請内容に虚偽のものがなく、上陸拒否事由(同五条)に該当していない等上陸のための条件に適合していると認定したときは、当該外国人の旅券に上陸許可の証印をしなければならない(同九条一項)が、右証印に際しては、新規入国の場合には、入国審査官は、当該外国人の在留資格及び在留期間を決定し、旅券にその旨を明示しなければならない(同条三項本文)けれども、再入国の許可を受けている場合は、在留資格及び在留期間の決定並びにその明示をしないこと(同項但書)とされている。

右のように、入管法上再入国の場合を新規入国の場合と対比すると、査証を要しないことと、当該外国人の在留資格及び在留期間の決定並びにその明示をしないことの二点の相違があるが、これは、本来一旦入国した外国人についても当該外国人が本邦から出国すれば、本邦における在留の実態を失い、我が国の行う出入国管理の対象からはずれ、在留資格及び在留期間はその出国により消滅することとなり、当該外国人が再度本邦に入国する場合には、再度査証を受け、また、在留資格及び在留期間を定めなければならないはずであるところ、入管法二六条の定める再入国の許可は、在留外国人に対し先の在留条件のままで再入国することを認める処分であって、新たな在留資格を付与するものではないのであるから、再入国の場合は、査証を要せず、また改めて在留資格及び在留期間の決定を受ける必要がないことになるのであって、この二つの相違点は、要するに、再入国許可の性質自体に由来するものであるといわなければならない。右の二つの相違点の他、外登法上、本邦に在留する外国人は本邦に入ったときはその居住地の市町村長に対し新規登録をしなければならないが、再入国の許可を受けて出国した者が再入国したときを除くものとされている(外登法三条一項)点も、再入国の許可処分が新たな在留資格及び在留期間を付与するものではなく、先の在留が継続するものとみなすものであるという再入国許可の性質自体に由来するものであり、入管法上、外国人の新規入国の手続と在留外国人の再入国の手続とで基本的な相違はないということができる。

以上のような入管法の規定の内容及び再入国許可処分の手続の構造等に鑑みると、入管法は、再入国許可処分については、被告法務大臣に当該外国人の経歴、性向、在留中の状況、海外渡航の目的、必要性等極めて広い範囲の事情を審査してその許否を決定させようとしているものというべきであり、また、その拒否の判断基準が特に定められていないのは、許可不許可の判断を被告法務大臣の裁量に委ね、その裁量の範囲を広範なものとする趣旨からであると考えられる。すなわち、被告法務大臣は、再入国の許否を決するに当たっては、適性な出入国管理行政の保持という見地に立って、申請自体の必要性、相当性のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治、社会情勢、国際情勢、外交関係など諸般の事情を斟酌した上、的確な判断をすべきものであるが、このような判断は、協定永住許可取得者(日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和四〇年条約第二八号)第一条、同協定の実施に伴う出入国管理特別法(昭和四〇年法律第一四六号)一条)、永住許可取得者(入管法四条五項、六項、同二二条一項、二項)等我が国に永住することを法的に承認されているなど特段の事情が存する在留外国人について、右法的地位の反映として、その裁量権が一定の制約を受けることがある場合を除けば、事柄の性質上、原則として、出入国管理行政の責任を負う被告法務大臣の広範な裁量に委ねられているものと考えるべきである。したがって、定住外国人が憲法上、入国、再入国の自由を保障されていることを前提に、再入国許可処分は極めて裁量権の範囲が限定された処分であり、旅券法一三条に該当する事由ないしこれに準ずる事由が存在しない限り被告法務大臣は再入国不許可処分をなしえない旨の原告の主張は、採用することができない。

六裁量権の濫用について

1  原告の法的地位と裁量権の制約の有無について

原告は、前認定のとおり、本邦に不法に入国して不法に本邦に滞在していた者であり、被告法務大臣より特別在留許可(入管法五〇条一項)を受け、数次にわたりその在留期間の更新許可を受けているという法的地位を有するにすぎず、本件各証拠に関しても、再入国許可に際しての被告法務大臣の裁量権が一定の制約を受けるような特段の事情を有する者と認めることがきないから、被告法務大臣が原告の再入国許可を判断するに際しての裁量権は、通常の在留外国人の再入国の場合と同様広範なものとなるというべきである。

2  裁量権濫用の有無の審理、判断について

以上のとおり、再入国許可処分は、原則として被告法務大臣の広範な裁量に委ねられているものというべきであり、原告には被告法務大臣の裁量権の範囲が制約を受けるような特段の事情が認められないから、入管法が再入国許可処分を被告法務大臣の広範な裁量に委ねた趣旨に鑑みると、被告法務大臣の判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場合に限り、当該再入国の許否の処分は裁量権の範囲をこえ又はその濫用があったものとして違法になるというべきである。そして、裁判所は、被告法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するに当たっては、右判断が被告法務大臣の裁量権の行使としてなされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認がある等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は、事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により、右判断が社会通念に照して著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があったものとして違法であるとすることができるものというべきである。

3  本件処分についての裁量権濫用の有無

そこで、本件処分について検討するに、前記のとおり、本件処分は原告が指紋押なつを拒否していることを理由としてなされ、原告は指紋押なつを拒否したまま現在に至っているのであり、また、<証拠>によれば、原告は、昭和五七年九月一日原告が代表者である在日韓国人、朝鮮人の人権獲得闘争全国連合会が主催した集会で、指紋押なつ拒否者五名とともに指紋押なつ拒否について発言したことが認められ、右によれば、被告法務大臣が、原告が意図的かつ公然と外登法に違反していることを理由に本件処分を行ったとしても、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があるとは認められず、また、事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照して著しく妥当性を欠くことが明らかであるということができない。

確かに、<証拠>によれば、原告は、北九州市小倉北区に昭和三一年四月ころ結婚した協定永住者である妻、長女、次女と現に居住し、在日大韓基督教会小倉教会牧師として信徒の牧会に当たっており、昭和四六年五月一日から昭和六一年一二月三一日まで法務省福岡矯正管区長委嘱の篤志面接委員として、小倉刑務所、城野医療刑務所等で活動し、昭和三五年から今日まで長年にわたり同地域の一住民として生活し、所得税、住民税などの公租公課も納付してきたこと、原告は、昭和四三年ころから八幡大学で韓国語講座の講師を勤め、昭和五三年七月六日にPTA活動を通じて学校教育及び社会教育に多大の貢献をし、教育の振興に寄与した功績で、北九州市小学校PTA連合会会長から表彰されていること、原告の家庭では、昭和五五年次女が外登法一四条による指紋押なつ義務者年齢である満一四歳に達し、指紋押なつ問題を真剣に考えるようになったころから、この問題が話されるようになったこと、原告は、同年一一月一八日小倉北区役所登録係に出頭し、何回となく指紋を採取され指紋資料がすでに保管されている原告にとって、指紋押なつを拒否することは無意味のように思えたが、次女が押なつ拒否を真剣に考えていたことから、父として、また、在日韓国人、朝鮮人の人権問題に取り組んできた者として、良心的にこれ以上の指紋押なつを重ねるべきではないと考え、指紋押なつを拒否したこと、長女(二二歳)は、昭和五六年一月九日小倉北区役所市民課登録係に対して、指紋押なつを拒否する旨を告げ、次女(当時中学三年生)は、同年一月一二日同登録係において、初めて課された指紋押なつ義務の履行を拒否し、原告の妻も、昭和五六年四月九日指紋押なつを拒否したこと、原告は、昭和四五年以降合計一二回にわたり入管法二六条一項(昭和五七年一月一日以降は入管法二六条一項)に基づいて再入国許可申請をし、その都度許可されており、昭和五五年一一月一八日原告が指紋押なつを拒否した後も、昭和五六年一月九日ドイツ方面への旅行を目的とする再入国許可申請を有効期間昭和五二年一月九日までの一年間として許可され、同年二月二三日に出国してドイツ、スイス、アメリカに渡航した後同年三月二〇日再入国するなど、前後四回にわたり再入国の許可を受けていること、以上の事実が認められる。

右認定事実によれば、原告は、長年にわたり家族と共に日本に居住しており、原告が指紋押なつを拒否するに至った動機には、ある程度情状酌量すべきものがあるというべきであり、また、原告は過去に指紋を押なつしていて、原告個人に関しては同一人性の確認ができない等の問題を生じていないのみならず、原告は指紋押なつ拒否後も四回再入国許可を受けているものであるが、このような事情を考慮しても、前記のとおり、本邦に不法に入国し特別在留許可を受けて本邦に在留する原告に対する被告法務大臣の裁量権の範囲は広範であり、被告法務大臣の事実に対する評価が明白に合理性を欠き、その判断が社会通念に照して著しく妥当性を欠くことが明らかであると認めることができない。したがって、被告法務大臣のした本件処分に裁量権の範囲を逸脱した違法はないものといわなければならない。

七以上によれば、被告法務大臣のした本件処分に原告主張の違憲、違法があるということができないから、本件処分が違法であることを前提として、被告国に対し国家賠償法一条に基づき損害の賠償を求める請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

第三結論

よって、原告の本件訴えのうち、被告法務大臣に対する本件処分の取消しの訴えは、不適法なものであるから、これを却下することとし、被告国に対する損害賠償請求は、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官北澤晶 裁判官生野考司)

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